東京都現代美術館で開催されているTCAA(Tokyo Contemporary Art Award/東京コンテンポラリーアートアワード)2020-2022受賞記念展で藤井光と山城知佳子の作品を鑑賞してきました。
特に藤井光の「戦争画」のインスタレーションは秀逸だったので、是非是非鑑賞することを強くお勧めします。これが無料なんて東京都に税金払っていた甲斐があります。
TCAA
TCAA(Tokyo Contemporary Art Award/東京コンテンポラリーアートアワード)は、海外での活動に意欲があり、今後期待できる国内の中堅アーティストを対象としたアワードです。
東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペースによって2018年に創設されました。
毎回2組の受賞者を選出し、受賞者には複数年に渡る継続的な活動支援を行います。今回の2名は2020年に受賞が決定し、2022年に展覧会の実施となるわけです。ですから展覧会の表記に「2020−2022」がついています。
このアワードは賞金や展覧会の実施の他に海外への旅費、滞在費、調査・制作費等の活動支援がありますが、今回の2名の受賞者はコロナウィルスの感染拡大により、海外への渡航、調査が行われることなく展覧会の開催となりました。
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既に、TCAA2021-2023、TCAA2022−2024の受賞者も発表されています。ちなみに2021-2023が志賀理江子 、竹内公太。2022-2024は津田道子とSaeborg/サエボーグです。
映えある第一回目の2019-2021は、コロナ禍に昨年東京都現代美術館で展覧会が開催された風間サチコ、下道基行です。
風間サチコ▼
下道基行▼
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絶対見るべき藤井光作品
何の予備知識もなく3階の展示室に行って度肝を抜かれました。一瞬別の展覧会場に来てしまったのかと、足が止まってしまったほどです。
そこにあるのは、絵画ではなく、平面の板の数々です。あるものは黒く塗りつぶされ、あるものは切り取られ、あるものは布で覆われています。
誰しもが、一歩そこに足を踏みれた途端に、眼前に広がる光景の異様さに気づくはずです。
しかし、解説パネルもなければ、配布されているリーフレットにも必要最低限の情報がクレジットされているだけで解説らしいものはありません。
この展覧会が意味するものを「知ろうとするかどうか」を試されているような気持ちになりました。
読んでから観るか、観てから読むか
気を抜いて展示室を通り過ぎてしまうにはあまりにも勿体無いインスタレーション作品です。
日本の戦争画
このインスタレーションのタイトルは「日本の戦争画」です。日本の戦争画についての知識がないと残念ながらこのインスタレーションが言わんとすることを咀嚼するのは難しいです。
そもそも、社会派のアーティストと称される藤井光のこれまでの作品は、その作品が持つ背景と歴史を把握して初めてハッとさせられるインスタレーションばかりです。
2020年、ここ東京都現代美術館で開催されたグループ展「もつれるものたち」に出品されていた「解剖学教室」もそうでした。
もつれるものたち展の「解剖学教室」▼
1分でわかる「戦争画」とは
1937年の日中戦争の頃から軍の委嘱で従軍画家による戦争画(戦争記録画)が描かれ、1939年には藤田嗣治、中村研一、宮本三郎、小磯良平など従軍画家の数は200名を超えていました。
アメリカへ
終戦までに描かれた戦争画は軍に納められ、敗戦後その主要作品153点はGHQによって収集され、一時期東京都美術館に保管の後、1951年秘密裏にアメリカに送られました。
無期限貸与
1960年代、アメリカに渡った日本人によりその存在が発見されたことを機に、返還の要請の声が高まり、1970年に「返還」ではなく「無期限貸与」という名目で日本に戻りました。
無期限の「貸与」ではありますが、その作品は自由に扱えるものの、所有権はないので国が重要文化財に指定したりすることはできません。
現在、確かに日本にこれら戦争画は存在するものの、日本が所有する美術作品という意味では不在の作品です。
展覧会中止
1977年にこれら戦争画153点全てを公開展示する展覧会が企画されていましたが、直前になって中止されてしまいました。
無期限貸与という曖昧な返送から現在まで153点の戦争画は、常設展で数点づつ公開されているものの、全公開されることなく東京国立近代美術館に所蔵されています。
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153点の戦争画全公開
藤井光のインスタレーションは、1946年8月にGHQが作品の評価を検討するために実際に東京都美術館で開催した展覧会の再現です。
GHQによる展覧会
戦争画153点がまとめて展示されたのは、日本人が誰一人として鑑賞することができなかった1946年のこの展覧会が最後なわけです。
再現と言っても作品そのもはありません。鑑賞者はただ、ただその量感に身を置くだけです。そこに描かれていたはずの絵画の不在により、圧倒的な存在を感じずにはいられません。
著名作家の戦争画
この戦争画153 点中、78 人の画家の中で一番多くの作品が所蔵されているのが、藤田嗣治の 14 点、中村研一9 点、宮本三郎7点、小磯良平5点で、いずれも日本美術史に名を残す著名な作家ばかりです。
翻弄された藤田嗣治
藤田嗣治が戦後、陸軍美術協会会長を務めていたと いう理由から、美術界から戦争責任を押しつけられ戦前に暮らしていたフランスへ再び渡り、二度と日本に戻らなかったのはご存知の通りです。後に藤田は「日本を捨てたんじゃない、日本に捨てられたんだ」と語っています。
藤田嗣治の「アッツ島玉砕」と並ぶ名作「サイパン島同胞巨節を全うす」1945年
黒く塗られた部分には何が描かれていたのでしょうか。この絵は戦争を美化していたのでしょうか。集団自決の凄惨な場面を描いたこの作品は、反戦画であるという議論が高まっています。▼
小磯良平「カリジャティ会見図」▼
不明戦争記録画の謎
また、153点というリストの数字も3点組を1点と数えていたり、いなかったりの齟齬があることや、昭和天皇皇后両陛下を描いた藤田嗣治、小磯良平、宮本三郎による3点の作品は、GHQのリストにもなく、いまだにその所在が不明なのです。
これら3点の昭和天皇皇后両陛下を描いた作品は、戦後アメリカの手に渡らないように、日本国内で秘密裏に保管されているんではないでしょうか。その真実が明かされる日がいつか来るのでしょうか。
このインスタレーション作品を鑑賞したら、様々な闇と謎を抱えた戦争画について考えざるを得ません。
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検索で見られる戦争記録画153点
153点のスケールや量感は、藤井光のインスタレーションで体感することが可能ですが、一体これら153点にどんな絵が描かれていたのかが知りたくなります。当然の流れです。
153点すべて国立近代美術館の所蔵作品なので、独立行政法人国立美術館の所蔵作品総合目録検索システムのキーワード検索で「戦争記録画」と入れれば153点を抽出することができます。
残念ながら全ての作品画像はありませんが作品データを見ることは可能です。▼
残されたフィルム
アメリカ公文書の1cmほどの長方形のマイクロフィルムの映像をモニターで鑑賞することができます。
そこには、占領軍が撮影した日本の戦争記録画の写真や接収したそれらをどうすればいいのかわからずに困惑するGHQの姿がぼんやり映し出されています。プロパガンダなのか美術作品なのか、その線引きは容易ではない訳です。
GHQの中には藤田が留学時代に知り合った知人がいることも記されています。▼
戦争画を考える
戦後、藤田は日本を離れ、美術界は何事もなかったかのように、活動を再開していきます。そして、戦争画は忘れ去られ、その存在はなかったかのように蓋をされてきました。意図的に経歴からその事実を削除して活動を再開した作家もいます。
戦争画を考えることは戦争を考えることであり、美術界にかかわらず、戦争によって様々な悲劇が生まれたことを忘れてはなりません。
奇しくもロシアによるウクライナ問題が勃発しているこの時期に発表の時期が重なったのは偶然ではないかもしれません。
絶対に見るべきインスタレーション作品です。
今回東京都現代美術館で開催されているの3つの展覧会の中で、一番衝撃的で感銘を受けた作品です。
常設展を鑑賞しに再訪の予定なので、この作品は再度観にいきたいと思います。何か新しい発見があったら追記します。
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山城知佳子
山城知佳子は、沖縄出身のアーティストです。昨年秋に東京都写真美術館で個展「リフレーミング」を鑑賞したばかりだったので非常にタイムリーでした。
上映時間
今回の展示は新作が3点、2019年と2012年の旧作が2点の4点の映像作品が展示されています。
鑑賞前に知っておくべきは、7分40秒のインターバル作品「あなたをくぐり抜けて」の後に、32分の「チンビン・ウェスタン 家族の表彰」が上映されます。▼
上映作品
映像作品「チンビン・ウィエスタン 家族の表象」は2019年8月−11月に国立新美術館で開催されたグループ展「話しているのは誰? 現代美術に潜む文学」に出品されたものです。
今回はインターバルに約7分の新作映像を挟み、会場内もインスタレーションとして展示されています。▼
新作「彼方」8面のマルチチャンネル作品▼
「肉屋の女」21分15秒 3面マルチチャンネルでの上映は森美術館MAM以来10年ぶりです。▼
「彼方」シングルチャンネル ループ▼
いずれも写真撮影はOKですが、動画の撮影はNGです。
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東京都現代美術館では他に2つの企画展を開催中です。体力、集中力、時間に余裕を持って出かけるか、何回かに分けて鑑賞した方がいいかもしれません。
展覧会基本情報
Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022受賞記念展 藤井光、山城知佳子
2022年3月19日(土)- 6月19日(日) 10:00-18:00 月休、3/22休、3/21開館 入場無料
江東区三好4丁目1−1 MAP
アクセス:半蔵門線清澄白河駅B2出口徒歩9分、大江戸線清澄白河駅A3出口徒歩13分
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