村野藤吾の代表作の一つ、日比谷にある日生劇場の見学に参加してきました。日生劇場が入る日本生命日比谷ビルは、劇場単体の建物ではなく、劇場であるとともに日本生命のオフィスビルでもあるという二つの機能を兼ね備えた建築です。
この事は設計する上で村野藤吾を相当に悩ませたようですが、竣工してからすでに60年の年月が経過した現在も変わらずに劇場とオフィスという二つの機能が共存しています。今回はその劇場部分、日生劇場の見学に行ってきました。
日生劇場
日生劇場は、日本生命保険相互会社が創業70周年を迎えたのを記念して建設された日本生命日比谷ビル内に位置します。
1959年(昭和34年)着工、1963年(昭和38年)に竣工し、同年10月に杮落としのベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」が上演されました。
というわけで2023年の今年は竣工してちょうど60年を迎える節目の年なのです。
また、日生劇場では1964年から50年間にわたり全国で約800万人の小学校6年生をミュージカルへ無料招待してきました。
この「ニッセイ名作シリーズ」を私もここ日生劇場で鑑賞した微かな記憶があります。
もちろんその時は劇場の設計が村野藤吾であるなんて事は知る由もなく、ただただ非日常的な空間で非日常的な時間を過ごした記憶です。
劇場見学
見学ツアーは、不定期で開催され、完全事前予約制です。予約さえしておけば無料でガイド付き90分のとっても充実したツアーに参加することができます。このツアーとても人気があるようで、問い合わせをしてから実際に見学するまでかなりの時間を要しました。
とはいえ、日比谷の駅上と言っても過言ではないこの地は何度となく通りがかっており、ビル自体はとても馴染みのある場所です。
見学ツアーの参加者は老若男女が入り混じり、おおよそ30人くらいだったと思います。
ガイドを聞きながら写真撮影は可能ですが、動画の撮影はNGです。
エントランスホール
最初は集合場所でもあるエントランス空間からスタートします。エントランスは劇場の顔ですから、もうこの空間から目どころが満載です。いや、正式に言うと劇場に入る前から、床は長谷川路可の愛らしいモザイクだし、外観だって威風堂々とした佇まいだし、只者じゃない感は満載の建築なのですが。
▲まず注目したのは、この劇場入り口の取手です。アクリルの中に金色の金属が入っていてなんとも豪華で美しい。このようなものはもう制作できる職人さんがいないので、同じものは作れないそうです。
アクリルと言えば倉俣史朗のミスブランチもそうですね。アクリルの椅子の中に薔薇の造花が埋め込まれた美しい椅子ですが、ミスブランチもこの取手同様に同じものを作る職人さんがもういないので、再制作不可能と言われています。
▲至る所に村野藤吾らしさが満載なのですが、柱と床の設置面は床の大理石がアールを描いて立ち上がっています。
▲もっとすごいのは、床と同素材の大理石のカウンターです。劇場のロビーで一番目に付く村野藤吾らしいポイントです。
▲そしてロビーを彩るガラスブロックの作品は、千代田生命本社ビル(現目黒区総合庁舎)にもグリーンのガラス作品が設置されている岩田藤七によるものです。
このガラス作品、何かをモチーフにしているそうですが、一体なんでしょうか。答えは上の写真でガイドツアーのスタッフの方が持っている絵です。
狩野永徳の上杉本洛中洛外図屏のような屏風絵を元に制作されたのですね。そう言われてみると見えなくもないかもしれませんね。
▲上にいくにつれて細くなる柱の上部、天井との繋ぎ目には銅が使われています。そして、押出成形アルミパネルの組み合わせで構成された天井は村野藤吾にしては珍しく鋭角でシャープな模様が描かれています。
そのアルミパネルの間に照明が仕込まれていて、直線的だけど華やかで柔らかな印象を与えます。さらに、天井にいくにつれて細くなる柱は、天井との取り合い部に銅が巻かれ、まるで天井とは繋がりのない彫刻作品のようにさえ見えてきます。
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紅い大階段
ここで見るべきは、この優美な曲線を描く手すりです。これは、紳士が婦人に手を差し伸べるようなさりげなさと安心感をコンセプトに作られています。
この手すりさえあれば、エスコートしてくれる紳士がいなくても安心ですね!?
▲手すりの支柱は上にいくにつれて細くなっています。
また、蹴上と踏面の取り合い部も美しいアールを描いています。細部を見れば見るほど泣けてきます。
▲この階段の天井の照明も劇場へと誘うようなレイアウトがされています。オペラや観劇に訪れた人の高揚感はこの階段を登るにつれ上昇していきます。この日は劇場見学であって観劇のための訪問ではなかったけれども、それでも高揚感は上昇しました。さすがの演出です。
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劇場ロビー
紅い大階段を上がると劇場のロビー空間に出ます。
▲2階からエントランスを見下ろすことができます。ここの手すりもまた村野藤吾らしいデザインです。ただ、よく見ると手すりは二重になっていて、
目黒区総合庁舎の螺旋階段の手すりがそうであったように、高い方の手すりは、安全対策のために後からつけられたものであることがわかります。
▲劇場ロビーに置いてあるテーブルや椅子も村野デザインです。
1本足のテーブルと角アールの四角い椅子がとってもかわいいです。椅子の足にも注目してみてください。
▲壁際にも同じデザインの椅子とテーブルです。壁はテッセラで、波を打ったようなデザインになっています。テッセラとは簡単にいうと無地のモザイクといったところでしょうか。
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劇場ロビー天井
ロビーの天井は、石膏板に無数の穴の開いたもので、その穴から照明の光がぼんやりと光っています。
▲エントランスの天井はアルミパネルでシャープなデザインでしたが、ロビーに入るとこの円形の穴の開いた天井から光が漏れるというとっても柔らかな印象の天井に変わります。
▲温かみのあるテッセラの壁に石膏板に穴の開いた天井の組み合わせはとてもドラマティックで、非日常を体験するために訪れる「劇場」という場所にふさわしいデザインです。
紅い絨毯もその効果を更に盛り上げてくれます。
絨毯と家具と螺旋階段が真紅で統一された空間にこの天井のデザインはとっても効果的です。また、エントランスでは外部と同様の花崗岩だった柱ですが、ロビー空間では大理石に変わっています。そして、その奥には村野藤吾の代名詞とも言える美しすぎる螺旋階段が見えますね。なんと言っても階段の魔術師ですから。
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螺旋階段
劇場空間の前に、日生劇場の各階をつなぐ美しい螺旋階段を紹介します。全て紅い絨毯で覆われた気品と品格のある階段です。
▲エントランスにある螺旋階段です。優美な横顔を見せています。
▲目黒区総合庁舎同様に1段目は浮いていますから、注目してみてくださいね。
▲劇場ロビー空間の螺旋階段は、螺旋がぐるぐると繋がっています。ですから、ここは1段目という認識ではないので浮いていません。
▲真下から見上げた美しい螺旋階段。階段と手すりの連なりと重なりがまるでダンスのようです。
▲二つの螺旋階段が向かい合っているダブル螺旋の空間です。これはため息が出ますね。
▲階段を支える支柱も、もうブランクーシの彫刻のようです。この佇まいの美しさったら!今までたくさんの村野藤吾の螺旋階段を見てきましたが、ここが一番優雅で上品で美しいかもしれません。階段だけでも見られてよかった!と思わせるレベルの高さです。
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劇場
いよいよ劇場内の見学です。なんと言ってもこの建築の一番の目玉の空間ですから、いやおうでも期待が爆上がりです。
1階席から
▲まずは劇場の舞台側から客席を見てみます。ここの天井はもうアート作品そのものです。
紫陽花をテーマにデザインしたそうですが、天井にはびっしりと貝が貼られています。優美な曲線と貝の集積が、ガウディの世界観を想起させますね。とにかく隅から隅まで手を抜かない空間は圧巻です。
▲天井は貝、壁はモザイクが施されています。確かにここは夢の空間ですね。
モザイクもよく見ると白、金、クリア、ブルーなどのが使われています。このカラーバランスも村野藤吾自身で監修したそうです。ですから絶妙なバランスが取られた上品なモザイクです。
▲でもこの場所は劇場ですから、当然ながら音響など機能的にも工夫がなされています。
ん10年ぶりの再訪のはずなんですが、なんせ子供だったので全く記憶がありません。初訪問の感動でした。
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2階席
2階席からの様子も見学することができました。
▲上階の席の最前列だとよくわかるのですが、絨毯から腰壁まで同色同素材になっています。さらに腰壁からその上の手すりまで同素材なんです。
この手すりがすりすりしたくなるほど気持ちよかったです。
本来なら邪魔なものですが、こんなに気持ちの良い手触りだったら許しますね。
3階席
3階席までくると貝がびっしり貼られた天井が近いです。ああ、本当に貝なんだ!というのがよくわかります。照明に吸い込まれそうな天井です。
で、村野藤吾が多用しているこの貝なんですが、アコヤ貝と言われていて、本人もそのように言及しているようですが、本当はマド貝が正解です。
日生劇場のガイドスタッフの方もアコヤ貝と説明されていましたが、見る人がみればすぐにわかる、マド貝です。
グランドプリンスホテル新高輪のエレベーターや飛天の間の天井も、ザ・プリンス京都宝ヶ池のエレベーターも全部、アコヤ貝ではなくマド貝です。
どこでどうなってマド貝があこや貝になってしまったのかは、謎のようです。
もしかしたらその逆であこや貝を貼る予定がマド貝になってしまったというのが真実かもしれませんね。
▲村野藤吾建築おいてアコヤ貝とされているマド貝の見本です。
▲3階席一番後方の壁は吸音材の役目も果たしているので、こんな風に石が貼られています。
▲美しい曲線を描く劇場内に位置する座席は、どこからでもきちんと舞台が見えるように工夫されています。
劇場内からロビーに出る時に押す扉の取手はアクリルでかわいい掌のようなデザインです。逆にロビーから劇場内に入るときは取手を引くので、持ちやすいデザインになっています。素材は同じアクリルです。細かなところを見ていくとキリがないくらい、隅々まで考えられた設計・デザインの劇場です。
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たっぷり90分のガイドツアーは親切丁寧な解説付きで、終わる頃にはみんなこの劇場の魅力にハマってしまいます。
村野藤吾の凄さを再認識すると共に、小学生の頃に招待して見せてもらったミュージカルの御恩と、今回ん10年の時を経て、親切丁寧に劇場見学をさせて頂き日本生命という会社の在り方に感動しました。
やはり、良いお施主さんあっての良い建築なのです。
▲最後に、ガイドでも言及されますが、劇場部分の窓は全て塞がれているのですが、1箇所だけ隣の帝国ホテルを眺められるように窓が付けられています。美しい建築を作り上げるだけでなく村野藤吾が持っているこんな遊び心もお茶目で素敵ですね。
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基本情報
日生劇場
千代田区有楽町1丁目1−1 日生ビル 1F MAP アクセス:東京メトロ千代田線、日比谷線、都営三田線日比谷駅A13出口より徒歩1分、JR有楽町駅より徒歩10分、東京メトロ銀座線銀座駅より徒歩10分 |