東京都現代美術館で開催されている《坂本龍一 | 音を視る、時を聴く》展で、霧の彫刻家でメディアアートの先駆者でもある中谷芙二子(なかや・ふじこ)の新作を見ることができます。
中谷芙二子の霧の彫刻を中心に、ダムタイプ(dumb type)の高谷史郎(たかたに・しろう)が光の演出を加え、坂本龍一のサウンドをフィーチャーした壮大なインスタレーションです。
この新作は東京都現代美術館のサンクンガーデンに出現するため、坂本龍一展を訪れた人以外の目にもとまり、大きな話題になっているようです。
霧の彫刻を目にしたことのある人は相当数いるはずなのですが、これまで中谷芙二子というアーティストも彼女が創り出す霧の彫刻も多くの人が知るという存在ではありませんでした。
そんな中谷芙二子の霧の彫刻は東京をはじめ日本各地に常設展示されています。私たちが実際に足を運んだ中谷芙二子の作品を紹介します。立川の昭和記念公園だけは行ったことがないので、それは追って紹介するかもしれません。
中谷芙二子とは
主に霧の彫刻家として知られる中谷芙二子は、雪の結晶の研究や人工雪の製作で世界的に有名な物理学者の中谷宇吉郎の娘としても知られています。
父親の仕事もあってアメリカでの暮らしも長く、高等教育もアメリカで受けたコスモポリタンなアーティストです。
やはりコスモポリタンで世界的なアーティストとして活躍するオノ・ヨーコ(小野洋子)と同い歳なのですが、フルクサスだったりミセス・レノンだったり何かと話題の多いオノ・ヨーコと違い、ビデオなどテクノロジーを使った表現に関心を持ち、80年代以降は裏方に回ることも多かったのが中谷芙二子です。
▲中谷芙二子が大きく再評価されるようになったきっかけの一つが2018年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された個展「霧の抵抗」。実はこの展覧会が日本国内では初めてとなる個展だったそうです。
そこで初めて中谷芙二子の仕事の全貌を多くの人が知るようになりました。
ラウシェンバーグと友人だったり60年代から様々なメディア・アート的イベントを行っていたのを知り、衝撃を受けた方も多かったと思います。ビデオアートの先駆者であり、メディアアートの先駆者であり、世界の人々をフラットに繋ぐメディアを考えていたのですから。
▲初期のTwitter(今のX.com)が夢想した世界中の個人がフラットに発信することで「世界の鼓動を伝える」メディアを、ジョンとヨーコを巻き込んで実現しようとして今のインターネットみたいなシステムをテレックスで実装してみたり、ビデオを個人が発信できるメディアと捉えビデオアーティストになったり。
あまり表には出てこないものの現代の様々な表現手法の先駆者の一人です。
あと中谷芙二子の作品のタイトルは 「霧の彫刻 #47662」というように番号が付けられています。この番号は作品としての霧の彫刻が設置された場所に最も近い「国際地点番号」です。国際地点番号とは各国の気象機関及び関係機関が観測地点に割り振った番号で全世界でユニークなものです。
気象と密接に関連する雪の結晶を研究していた父親の中谷宇吉郎へのレスペクトも感じられる命名法です。
PR《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662
いま東京で見られるのが東京都現代美術館(MOT)の《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662。
《坂本龍一 | 音を視る、時を聴く》展の一部なので2025年3月30日までの展示です。
▲10:30から17:30まで毎時00分と30分から10分間、MOTのサンクンガーデンに霧の彫刻が出現します。
坂本龍一展の入場者はサンクンガーデンに出て霧の中に入ることができますが、入場者でなくてもサンクンガーデンの周囲から霧の彫刻を鑑賞することができます。
▲晴天の日は外壁の上に設置された鏡が太陽の光を反射し、霧の中に光の道が浮かび上がります。
高谷史郎の演出ですがこれは見逃せません。ほとんどの霧の彫刻はただそれだけの演出ですが、メディアアートの偉大な先達に対するレスペクトを持った高谷史郎とのコラボレーションなのですから。
もっと言うと、霧(中谷芙二子)+光(高谷史郎)+建築(柳澤孝彦)+音楽(坂本龍一)という超豪華なコラボというのは前代未聞です。
なお15:30以降は太陽高度が低くなってしまい光の道を見ることはできません。見るなら太陽が高いうちに。
▲この写真で分かるように霧の中に入ることができます。霧は純水から生成されていて人体には完全に無害です。遠慮なく霧の中に入ってみましょう。
その代わり着ている服や身体が濡れることは避けられません。寒い時期でもあるので濡れても良い服装、暖かい服装で行くことを推奨します。また地面も濡れて滑りやすくなりますから履いていく靴にも注意が必要です。
▲美術館前広場からサンクンガーデンと霧の彫刻を見下ろしたところ。ここからだと無料で鑑賞できます。
日が落ちた時間なので光の道は出現しませんが、その代わりLED照明による霧の彫刻のライトアップが見られ昼間の明るい時間帯とはまた異なる趣です。
霧が吹き出ているところにLED照明が点いているのがわかりと思います。
▲金属のパイプに付いている小さなノズル状のものが霧の発生装置です。中谷芙二子自身も開発に関わったものです。
高圧の水をノズルから吹き出し、それがノズルの根本に当たり反射することで20ミクロンという微細な水の粒子=霧を作り出すのだそうです。
▼《坂本龍一 | 音を視る、時を聴く》展についてはこちらの記事をどうぞ。
基本情報
坂本龍一 | 音を視る、時を聴く
会期:2024年12月21日(土) - 2025年3月30日(日) 観覧料:一般 2,400円、大学生・専門学校生・65 歳以上 1,700円、中高生960円、小学生以下無料 会場:東京都現代美術館 住所:江東区三好4丁目1−1 MAP アクセス:地下鉄清澄白河駅から徒歩、有料駐車場あり |
霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series Ⅰ-
《霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series Ⅰ-》は長野県立美術館の常設作品です。
中谷芙二子作品を常設展示する日本国内では初めての美術館です。
ただし、なんといっても豪雪&超寒冷地の長野市ですから11月下旬から4月上旬は休止しています。常設ではありますが霧の彫刻が見られるのはGWから文化の日辺りまでということになります。
▲その代わり「ランドスケープアート」と称するだけあって、他の場所とは異なる劇的な霧の彫刻を見ることができます。
小高い丘から善光寺へ続く斜面沿いに建てられた長野県立美術館の立地を最大限に活かしているのです。
霧自体はあちこちから吹き出すのですが、写真のような斜面の上からも霧が吹き出すのが効果的。
▲斜面を下った霧の先には「水辺テラス」と呼ばれる水盤があり、この水盤脇からも霧が吹き出してきます。
▲これは斜面の上から見下ろしたところ。
水辺テラス全体が霧に覆われています。
そして水辺テラスが丘の上から善光寺に向かう風の通り道になっているので、出現した霧が善光寺の方へ向かって行くのです。
これは本当に上から見ていても、水辺テラスに下りて自身を霧の中に置いても感動的です。
▲これは長野県立美術館の霧の発生装置。
常設作品ということで毎年予算を確保してメンテをしているようでひと安心。
ランドスケープミュージアム長野県立美術館と中谷芙二子についてはこちらの記事を。霧の彫刻の出現時刻なども紹介しています▼
基本情報
長野県立美術館
開館時間:9:00 – 17:00 休館日:水曜日 住所:長野県長野市箱清水1-4-4 MAP アクセス:長野電鉄 善光寺下駅から徒歩15分 |
霧の彫刻 #47662 -NAGI 凪-
品川駅が最寄りの品川シーズンテラスにも《霧の彫刻 #47662 -NAGI 凪-》が常設展示されています。
駅からはかなり歩きますが無料ですし都内ですし、東京やその近郊の人にとっては一番行きやすい中谷芙二子作品です。
ただし霧の彫刻が出現するのは春分の日から10月31日まで。つまりここも冬季は休止しています。
▲霧の彫刻が出現するのはイベント広場の芝生の先の茂みのところ。
霧が出てくる前に日英でアナウンスがあり、そのアナウンスが終わるとすぐに霧が出てきます。。
▲その日の気温や風向きなどちょっとした変化で大きく姿を変えるのが霧の彫刻の特徴のひとつです。
かつては海も近く、朝凪、夕凪を愛おしんでいた時代を思い起こす装置として霧の彫刻のようです。
今後高輪ゲートウェイシティが本格開業し連絡ブリッジが設けられるようになると、ここのアクセスも様子もすっかり変わってしまうかもしれません。
▼品川シーズンテラスの霧の彫刻についてはこちらの記事をどうぞ。霧の彫刻の出現時刻なども紹介しています。
基本情報
品川シーズンテラス
住所:港区港南 1-2-70 MAP アクセス:品川駅港南口より徒歩6分 |
『グリーンランド氷河の原』霧の庭#47704
中谷宇吉郎の故郷である石川県加賀市には博物館「中谷宇吉郎雪の科学館」があり、その業績だけでなく雪と氷にまつまわる様々な展示が行われています。
その一つが中庭の《『グリーンランド氷河の原』霧の庭#47704》。
中谷芙二子と中谷宇吉郎の親娘共演となる作品です。
▲敷き詰められている石は中谷宇吉郎博士が研究のため過ごしたグリーンランド内陸部の石。
そして吹き出している霧が中谷芙二子によるものです。
ただ私たちが訪れた際は霧がちょっと出ているだけ。経年劣化で霧の発生装置がうまく動作していない時期だったのです。
当然それはまずかろうということで修理が行われ、今は設置当初と同じように盛大に霧が吹き出しているそうです。
▲これは中庭を反対側から見たところ。黒い建物が中谷宇吉郎雪の科学館の本館ですが、設計は磯崎新(いそざき・あらた)です。雪(中谷宇吉郎)+霧(中谷芙二子)+建築(磯崎新)というコラボレーションですね。
ただ2023年に発生した能登半島地震により施設が被害を受け、その復旧工事のために2025年4月1日から2026年3月31日まで長期休館するそうです。
冬に行っても霧の庭が見られるか分かりませんし、2026年4月以降に訪問するのが良いでしょう。私たちも再開したら真っ先に訪問しようと考えています。
基本情報
中谷宇吉郎雪の科学館
開館時間:9:00 – 17:00 休館日:水曜日 (2025年4月から2026年3月末まで休館) 入館料:560円 住所:石川県加賀市潮津町イ106番地 MAP アクセス:小松空港から車で15分、北陸自動車 片山津ICから5分 |
霧の抵抗
ここから先は常設ではなく、過去に東京・関東で開催された中谷芙二子展の様子です。
まずは2018年から2019年にかけて水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された《霧の抵抗(Resistance of Fog)》。
中谷芙二子の全貌が明らかになった記念すべき、そして2018年の高松宮殿下記念世界文化賞の彫刻賞受賞と重なったタイムリーな展覧会でした。
▲この時に展示された霧の彫刻は2点。
一つは屋内での霧のインスタレーションで「《フーガ》崩壊シリーズより 2018 霧インスタレーション #47629」。ただし写真撮影不可だったので写真はありません。
もう一つは水戸芸術館の広場で展開された霧の彫刻「《シンコペーション》崩壊シリーズより 2018 霧の彫刻 #47629」。
磯崎新設計の建築を背景にした大規模な霧の彫刻でした。
▲日が暮れた17時以降は日本のライトアートの先駆者、逢坂卓郎設計のライトアップが点灯。
霧(中谷芙二子)+光(逢坂卓郎)+建築(磯崎新)というコラボレーションでした。光や建築とのコラボレーションがMOTでの高谷史郎と坂本龍一とのコラボレーションにまで続いていることがわかります。
基本情報
霧の抵抗
会期:2018年(閉幕) 会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー 住所:茨城県水戸市五軒町 1-6-8 |
氷河の滝-グリーンランド
氷河の滝-グリーンランド(Glacial Fogfall – Greenland)は2017年に銀座メゾンエルメス フォーラムで開催された中谷芙二子とその父・宇吉郎の展覧会「グリーンランド」で発表された作品です。
▲なんと室内、それも銀座メゾンエルメス フォーラムという場所で霧のインスタレーションを行いました。
しかもエルメスはこのために専用のレインウェアまで用意して希望者に貸し出すという周到さ。
2018年の「霧の抵抗」展の露払い的な展覧会だったのかもしれません。
この「グリーンランド」展を紹介するエルメスのページは今も残っていますし、展覧会の様子を記録したブックレットも配布しています(PDFです)。これには展覧会の記録だけでなく、中谷芙二子の2017年時点での全作品リストといった資料性の高いコンテンツを含まれていますから中谷芙二子を知るうえで一度目を通しておくと良いかもしれません。
基本情報
「グリーンランド」 中谷芙二子+宇吉郎展
会期:2017年(閉幕) 会場:銀座メゾンエルメスフォーラム 住所:中央区銀座5‐4‐1 |