神楽坂にある1966年に建てられた築56年の木造アパート「柿の木荘」を舞台にグループショウ「メディウムとディメンション:Liminal」が開催されています。
参加作家は、髙田安規子・政子姉妹、玉谷拓郎、磯谷博史、長田奈緒、鎌田友介、佐々木耕太、鈴木のぞみ、津田道子、平川紀道、平田尚也、古橋まどか、山根一晃など、11人と一組。
かつてアパートだった場所の改修前と改修後の空間で、現代アートのアーティスト達が、その時間と空間にアプローチする作品を発表しています。
シチュエーションを聞いただけでなんだかワクワクする展覧会です。

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髙田安規子・政子
先日、恵比寿のMA2 Galleryで不思議の国のアリスをテーマにした展覧会「Going down the rabbit hole」が記憶に新しい髙田安規子・政子姉妹が参加しているということで早速訪問してきました。

髙田姉妹の作品は柿の木荘1階のスペースに集約されて展示されています。▲
錆びついたシンクの排水溝に向かって段々小さくなるバケツ。なんだか不思議な躍動を感じます。
このシンクは板で塞がれていて長らく使用していなかったそうです。だから錆びついているのですね。
錆って一日や二日ではできませんから、錆そのものに柿の木荘の時間の集積を感じます。

トリコロールカラーがかわいい箒▲
大きい方の箒は柿の木荘で使われていたものです。

箪笥の引き出しに窓と扉▲
窓から見える景色は、どこか外国の風景。この外国の景色は、イギリスはロンドン南西部のハンプトン・コートのポストカードで、柿の木荘に残されていた雑誌に挟まっていたものです。
奇しくも髙田姉妹は、ロンドン留学をされており、ロンドンは姉妹にとって縁のある場所です。
更に、かつてハンプトン・コートにも行ったことがあるというから驚きです。
ここでも時間と場所と記憶が作品の中で交差しています。

目の前にすると驚嘆と感動が混じった変な声が出ちゃう作品。▲
さまざまな形のガラスのコップ達が整然と並びます。
このたくさんのコップの中には柿の木荘で使われていたコップも混じっています。
髙田姉妹が作品として持ち込んだ様々なサイズのコップとずっとここにあったコップがこの場所でも交差して混じり合っています。
鑑賞者には、どれがここにあったコップで、どれが持ち込まれたコップなのかは想像するしかありません。

直近ではニュートラルなギャラリーのホワイトキューブでの展示を見たばかりですが、過去の東京都庭園美術館での展示や、ここ築56年の柿の木荘など、髙田姉妹の作品は、歴史を刻んできた空間で見ると更に格別です。
作品の持つ縮尺の変容に時間の経過が重なって、より一層不思議の国のアリス感が高まります。
個人的には髙田姉妹の作品目当てで訪問したので、最初のスペースだけでもかなり満足度高い展覧会でした。
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玉山拓郎
玉山拓郎は、最近勝手に注目しているアーティストの1人です。
髙田姉妹と違って、無機質な空間でしか見たことのない玉山作品が、柿の木荘ではどんな事になっているのかとても楽しみでした。

私がこれまで観てきた玉山拓郎の作品世界には、色彩や光も重要な要素なのですが、この築56年のアパートでどういうふうにあの世界観を展開するのかと思ったら予想の斜め上をいく内容でした。
玉山作品は、2階の一番広いスペースに展示されています。
それは40cmφの銀色の球体でゆっくりと周囲の景色を映しながら回転しています。
40cmの銀の球体ってそれだけでなかなか非現実的な存在です。
それが回転していたら、誰でも凝視せざるをえません。
鑑賞者は皆一様にその球体の前で足を止めていました。

過去の玉山作品で観られたのは、決して特別ではない見慣れたギャラリースペースにおける”空間の変容”でした。
今回は作家が手を入れることなく行われた改修による”空間の変容”が球体の中にギュッと凝縮されています。
言い換えればこれまでの空間の変容を見る視点の変容という感じでしょうか。
言語化の限界。
とにかくさすがです。

ぐるりと円を描くモップ状の作品の先端は、夥しい数の銀の球体の連なりで、ここにも実はとんでもない数の柿の木荘の空間が映り込んでいます。▲

今回、玉山拓郎らしいと思わせる色彩は極限まで抑えられていますが、人の気配を感じない不思議な空気は、この映像に凝縮されていました。▲
ちょっと上の方にあるので、見忘れ注意作品です。
更にこのスペース以外に2階トイレの近くにも作品があります。
磯谷博史
磯谷博史作品は、一見普通の写真作品に見えますが、その額装にも注意をはらって鑑賞してください。

写真に映り込んだ色彩は排除され、作品の外側へ抽出されています。▲

2階の壁面に描かれた時計は、なにやら文字盤が逆ですね。▲
この逆の文字盤が意味するものとはなんでしょうか。
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古橋まどか
初見の作家さんの作品です。これが美しかった。

ぐるぐると柿の木荘を観てまわっていて、再び1階に戻ったら、最初に来た時にはなかった木漏れ日が室内に入り込んでいて、それはそれは美しい光景が広がっていました。▲
まさに、「建築の神様からの贈り物」である自然現象が偶然みせる美しい光景を味方につけて、儚げで繊細な古橋作品がより一層煌めく瞬間でした。

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見逃し注意作品
11人と1組の現代美術作家の作品が展示されているので、全作品の紹介はできませんが、一部見逃し注意な作品を紹介します。

1階で一番見落としがちなのは、古橋まどかの作品です。これはある場所の扉を開けないと気付きません。▲

2階は奥にある一部屋丸ごと見落とさないように注意です。▲

また、長田奈緒の作品は、どれもこれも空間に馴染んでいてスルーしてしまいそうなものばかりです。
長田作品も見落とし注意です。
こう書くとえーどうしよう!って思いますが、大丈夫です。
各々の作品には、キャプションがないかわりに入口で立派なリーフレットを配布しています。
このリーフレットに柿の木荘の平面図(しかも改修前と改修後の両方)があって、ちゃんとどこに誰の作品があるのか場所が落とし込まれています。
ちゃんと読み込んでまわれば見落としはないはずです。
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柿の木荘
柿の木荘は、前述した通り1966年竣工の古い木造アパートです。神楽坂の駅から徒歩で3分ほどの好立地にあります。
庭に立派な柿の木があるから柿の木荘です。この柿の木は今でも健在です。
訪問時、まだ青い柿がたくさんなっていました。
手前の古民家にはかの有名な工芸青花があり、その建物のオーナーと柿の木荘のオーナーは同じ方だそうです。
これまでアパートだった柿の木荘は、その後2016年からは、滞在型のアーティストインレジデンスとして機能していましたが、コロナによりその利用も激減したため、機能変更のために改修が施されました。
今後はテナントが入り店舗として利用される予定です。
本来の機能としてテナントが入る前の柿の木荘が今回の展覧会会場の舞台となりました。

この展覧会では、改修前のアパートにアーティストが訪問し、改修後に開催される展覧会の作品を制作しています。
改修前の様子と改修後の様子を記録したリーフレットも制作され販売されています。
(改修後のリーフレットは製作中でこれから発売される予定)
柿の木荘は、竣工時からの梁や柱と改修による新しい建材が入り混じり、築56年の時間が交差する不思議な空間です。
アーティストは、改修前の空間で改修後を想像し作品を制作しました。
鑑賞者は、改修後の空間で改修前を想像しながら作品を鑑賞してまわります。
そこにもまた時間と空間が交差しています。
普通の美術館やギャラリーでは観られない風景を見ることができてとても面白い展覧会でした。
基本情報
「メディウムとディメンション:Liminal」
2022年9月3日~9月27日 11:00~18:00 水木休 入場料500円 柿の木荘 東京都新宿区横寺町31 MA P アクセス:神楽坂駅徒歩約3分、牛込神楽坂駅徒歩約5分 |
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金村修「Sold Out Artis」
柿の木荘のすぐ近くのCAVE-AYUMI GALLERYで開催されている展覧会です。
せっかくなので立ち寄ってみました。

音響と映像による激しめのインスタレーション▲

ギャラリー空間だけで満足してはいけません。
奥にもスペースがあってこちらでも展開されています。
基本情報
金村修「Sold Out Artist」
2022年8月19日(金) – 9月25日(火) 12:00-19:00 水木休 CAVE-AYUMI GALLERY 新宿区矢来町114 高橋ビル B2 MAP |
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