旧朝香宮邸を読み解く A to Z
旧朝香宮邸の邸宅をそのまま美術館にした白金台・目黒の東京都庭園美術館は2023年で美術館として開館して40周年。それを記念した展覧会の第二弾は《旧朝香宮邸を読み解く A to Z》展です。
2023年秋に開催された40周年記念展は《装飾の庭 朝香宮邸のアール・デコと庭園芸術》として庭園を切り口に旧朝香宮邸を紹介するものでしたが、今回のA to Z展はアルファベットのAからZまで26個のキーワードから館の魅力や秘密を読み解こうという斬新な企画で2024年春の見逃せない展覧会のひとつ。
これまで公開されていなった部分やマテリアルなども公開されるとあって、これまでに軽く30回以上は訪問してきている超リピーターにとっても、取るものとりあえず駆けつけたくなる展覧会です。
このA to Z展は単に旧朝香宮邸(庭園美術館本館)を見せるだけでなく現代アート作家のインスタレーションを展開し、アートを通じて建築に対する新しい視点や見え方を提案するところも見どころのひとつです。つまり建築とアートなわけで、記事としては建築編とアート編の2本で紹介します。本記事はその建築編になります。
東京都庭園美術館について
東京都庭園美術館。その魅力はその美しいアール・デコの美術館建築を筆頭に、広々とした庭園、日本庭園の美しい池に面した茶室、テラス席が気持ちいいミュージアムカフェCAFE TEIEN、杉本博司設計監修の新館など枚挙にいとまがありません。とにかく何度訪れても毎回満足度の高い美術館のひとつです。
竣工したのは1933年(昭和8年)、東京白金の御料地の一部に朝香宮邸として竣工しました。今から90年以上前のことです。
アール・デコ建築様式の邸内の壁には各居室ごとに自然の風景が描かれ、室内にいながら自然の中にいる雰囲気が演出されています。
これら豪華な装飾画はフランスの装飾芸術家アンリ・ラパンにより制作されました。さらにアンリ・ラパンは朝香宮邸の主要な居室の室内設計も手掛けています。
竣工当時を偲ばれるアール・デコ建築空間が残っていることから「現存する世界一のアールデコ建築」とも称されるのが庭園美術館のポイントです。
PRA to Z展覧会概要
《旧朝香宮邸を読み解く A to Z》は2024年2月17日から5月12日まで。春休み、桜の季節、ゴールデンウィークをまたぐ長期の展覧会になります。
桜が満開であろう3月末には夜間開館も実施され、桜と夜のアールデコ建築を楽しめると思います。
また庭園美術館は東京都の「Welcome Youth(ウェルカムユース) 2024」の対象施設になっていて、3月1日(金)から4月7日(日)までの期間、18歳以下の方は庭園も展覧会も無料になります(年齢を証明するものの提示が必要です)。
例年春に庭園美術館自体を作品として公開する「建物公開」展シリーズを踏襲した展覧会なので、邸宅空間と家具・調度を鑑賞し、さらにこの邸宅に住んだり訪れた人々と建物との関係を紹介する。そんな内容の展覧会です。
キーワードを追って
庭園美術館内の各セクションには日本語と英語でタイトルが付けられています。英語の頭文字がAからZまで全部異なっていて26個あるので「A to Z」なのです。
ただAからZまで順番に登場するわけではありません。
また各セクションでは解説と図や写真が入った「A TO Zカード」を配布しています。それを集めると「朝香宮邸の見本帳」が作れるのでトライしてみてください。
▲まずは「S」から始まります。SATINE(サチネ)のS。
場所は見てのとおりの玄関。
”サチネ” というのはガラス表面の仕上げに用いられるつや消し加工のこと。特注のルネ・ラリックによるガラスレリーフの扉にもサチネが用いられているのです。
▲小客室は「B」。Babbling of Water(水のせせらぎ)のBです。
場所は小客室。この部屋はアンリ・ラパンが描いた油彩画を見るのが目的な部屋みたいなもの。
ラパンの森を描いた絵を見ていると小川が流れる音が聞こえてくるかのよう。
▲若宮居間はMantelpece(マントルピース)の「M」。
大理石のマントルピースがインテリア上のアクセントになっていますね。
ここでは複数枚のA TO Zカードがもらえます。
▲書庫には「X」。”謎” を表すXであって某SNSのXとは違います。
この書庫にはよくわからない壁の穴、開かずの扉、用途不明な装置など謎が多く残っているのだそうです。
▲ベランダには「Y」。 Yours And Mine(二人のために)の「Y」。
朝香宮と妻の允子の部屋からしか行き来できない場所なので ’二人のために”。ロマンチックなタイトルですね。
▲このように美術館内を鑑賞すると26種類のA TO Zカードが手元に残ります。
複数種類のカードが用意されている場合もあるので枚数で言うと30枚以上になります。
随時補充しているので残り枚数など気にせず頂いてきましょう。邸宅の解説として有用ですし鑑賞記念にもなります。
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ウィンターガーデン
普段は非公開のウィンターガーデンですが今回の展覧会では特別に公開されています。
▲今回は中央にテーブルが置かれているだけのシンプルな空間。
Deep Attachment And Good Eyes(愛着と目利き)の「D」です。
いつものマルセルブロイヤーの赤い椅子がない!安心してください。ちゃんと展示されています。
本当ならテーブルセットが置かれているのがあるべき姿なのですが、このように何もないとこだわりの空間が隅々まで分かります。
ウインターガーデンの床の秘密
また、ここの床の市松模様は実はものすごい超絶技巧です。今はこんな風に目地なしで貼ってくれる職人さんは皆無だと思います。
▲更に!ここの床には秘密があるんです。腰壁の市松模様は大理石なのですが、床は人造大理石なんです。
2階のベランダの床も同じ市松模様ですが、ここは大理石です。ではなぜウィンターガーデンの床だけ人造大理石なのでしょうか。
予算?重量?いろいろ考えましたが、どちらも多分違います。ここは温室の役割でしたので、植栽に水やりをする場所です。
天然の大理石は実は水には弱い性質があります。ですから、ここの床だけ人造大理石にしたのだと思います。その証拠に室内に入って右奥に排水溝が設置されています。
▲ということはここは、水が流れるようにできているのです。(あくまで個人的な推測です)この排水溝の意匠も見逃さずにみてください!
庭園美術館の床
今回の展覧会はあるがままの朝香宮邸そのものを見せる展覧会です。
庭園美術館なんて何十回も行ったという人でも今まで見ることがなかったものが公開されていたりします。
▲いつもは絨毯やカーペットが敷かれているのですが、カーペットなどが一部剥がされ、いわば本来の床がチラ見せ状態。
この精緻に作り込まれた寄木床。いったいどこにあると思いますか?
▲大広間の突き当りです。
ここの床はヘリンボーンだったのですね。
つまり大広間の床は本来はこのような寄木床だったのです。しかし凝ってるなぁ。ここまで行くとフローリングなんて生優しいものではなく、工芸品ですね。
間違って傷つけたりしたら復元不可能かもしれないので、この部分だけは立入禁止。お触りも禁止です。
▲大食堂も同じように寄木床。
半円状なのでアールの部分の処理とかすごい技が使われていそうです。
▲いつもの大食堂はカーペットが敷き詰められています。
大食堂は Eat With Your Eye(食べられそうな)の「E」。
▲大客室の床も見えるようになっています。床マニアにはよだれものですね。そんな人いるかな?!
▲こちらの部屋も。各居室で壁も床も照明もラジエーターカバーも何もかも全く違うということがよくわかります。
▲こっちの部屋も床がむき出し。美術館として利用するとどうしても重歩行となるので、絨毯にせざるを得ませんね。
▲姫宮居間はカーペットがL字形に剥がされ床が見えています。
この部屋は暖炉とマントルピースがあったり現代アート作品が展示されていて見どころ満載な部屋の一つです。
▲建物の細部までとことんこだわり、職人の技を尽くした内装です。
庭園美術館の扉と窓
今回の展覧会では、特にいつも開いていない扉が開いていたり、いつもはしまっている窓のカーテンがだいたい開いています。
▲まずは、ここ。香水塔の横の部屋。奥の部屋はいつも展示室として使用されていますが、手前の部屋は玄関からガラス越しに見るだけで、中に入れるようにはなっていません。
しかし!今回は扉が開いているだけでなく、入れるんです。おそらく初めて入ったと思います。30年前の記憶が定かでないので、もしかしたら以前に入ったことあるかもしれませんが。
▲それから、ベランダへの動線もいつもと違います。ここの扉が開いているのも初めてなら、ここからベランダへ行くのも初めてです。
▲いつもは作品保護のために日光が入らないようにカーテンが閉められていますが、今回はほとんどの窓のカーテンが開いています。
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朝香宮家の家づくり
本館に続いて新館ではA to Z展の最後のセクション「朝香宮家の家づくり」です。
▲朝香宮がどのような背景やコンセプトでこのような邸宅を建てたのか、当時の世界の流行だけでなく日本らしさをどう反映させ、どんなところにこだわったのかを知ることのできる展示です。
▲邸宅で使われていた椅子(一部は復刻)。いつもウインターガーデンにあったマルセルブロイヤーの赤い椅子もこちらで見ることができます。
モダンで当時の最先端のデザインなものからクラシカルな椅子、そして日本の木工所(といっても高級家具)の椅子まで展示されています。
▲今は庭園美術館となっているので部屋ごとの間仕切り扉は不要ですが、邸宅当時は当然各部屋には扉があったわけです。
美術館として改修する際に取り外され保存されていた扉が展示されています。
往時は朝香宮が若宮の部屋の扉を叩いて ”出かけるから早く出てきなさい” みたいなファミリードラマも展開されていたのでしょう。
▲ドアノブとか蛇口と排水口カバーとか。
”アールデコの建築” とか ”アールデコ様式” といった言葉では理解していても、こうした細部までアールデコなデザインを見せられると圧倒的です。朝香宮自身が選んだのではないでしょうが、設計者たちとのコミュニケーションはずっと密に取っていたから隅々まで徹底されたアールデコ建築が完成し ”世界一のアールデコ建築” と称されるようになったのでしょう。まさに神は細部に宿るです。
写真撮影について
今回の展覧会は写真撮影が可能です。
動画の撮影、フラッシュ、レフ板、三脚、自撮り棒、望遠レンズはNGです。
また作品の上とか階段などから身を乗り出しての撮影もNGです
鑑賞時間について
今回の展覧会は建築そのものとアート作品の両方を鑑賞するので、例年の「建物公開」展より鑑賞時間は必要です。
建築とアート巡るは2時間を要しましたが、いつもと展示が変わりない小客室などはほぼスルーしての2時間でした。庭園美術館の建物を初めて訪問される方は最低でも2時間は見ておく必要があると思います。
「ランドスケープをつくる――IITキャンパス/クラウンホール再読<部分と全体>」展
建築家の妹島和世が館長になってからスタートした正門横のかつてはショップだったスペース(朝香宮邸時代は守衛所だった)で展覧会が同時開催されています。
ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエがマスタープランからキャンパスを構想したアメリカのシカゴにあるイリノイ⼯科⼤学(IIT)のキャンパスとクラウンホールを「部分と全体」という視点から読み解く展覧会です。
このスペースは、チケット不要で無料で鑑賞できるので、庭園美術館へ訪問の際は最初か帰りに見ておきたい所です。
展覧会期:2024年2⽉16⽇(⾦)〜3⽉3⽇(⽇)
ギャラリースペースの隣はなんとチーズ屋さんで、そこでサンドイッチやコーヒーをいただくことも可能です。
A to Z展のゲストアーティスト、須田悦弘と伊藤公象の作品についてはアート編をどうぞ。
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基本情報
旧朝香宮邸を読み解く A to Z
10:00 – 18:00 3/22(金)、3/23(土)、3/29(金)、3/30(土) は20:00まで夜間開館 月休(4/29と5/6は開館)、4/30と5/7 は休館 入館料:一般 1,400円、大学生(専修・各種専門学校含む) 1,120円、中高生・65歳以上700円 第3水曜日(シルバーデー)は65歳以上無料 東京都庭園美術館 港区白金台5-21-9 MAP アクセス:都営三田線・東京メトロ南北線「白金台駅」1番出口より徒歩6分、JR山手線「目黒駅」東口/東急目黒線「目黒駅」正面口より徒歩7分 |