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杉本博司ふたつの個展 渋谷区立松濤美術館「本歌取り 東下り」と 銀座ギャラリー小柳「火遊び」と


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2023年秋の展覧会で楽しみにしていたのは、杉本博司のふたつの展覧会です。

先に会期がスタートしたのは銀座(京橋)の杉本博司が所属するギャラリー小柳の「火遊び Playing with Fire」(会期終了)。

その後始まったのが渋谷区立松濤美術館で開催されている「杉本博司 本歌取り 東下り」です。

また、時を同じくしてロンドンのヘイワードギャラリーで2023年10月から大回顧展「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」が開催されます。

こちらは残念ながら訪問できそうにありませんがこの秋、世界を股にかけて3つの杉本博司展が開催されます。

Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto
Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto
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杉本博司「火遊び」Playing with Fire

杉本博司展は作品の良さは大前提として、いつも展覧会タイトルや作品タイトルがユーモアが効いていて、楽しみの一つです。

今回の展覧会タイトルは、「火遊び」。

現代美術家杉本博司がアート作品として行う「火遊び」とは一体なんだろう!?という疑問と期待を持って訪問してきました。

Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto
Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto

ギャラリー小柳へ向かうエレベーターを降りてすぐに目に飛び込んでくるのが、「火気厳禁」の文字。

おそらく、いや絶対にアーティスト本人、杉本さん直筆のものでしょう。

もう、ここで笑ってしまいました。本当にいつもシャレが効いています。

それも杉本博司展の魅力であり、観に行く楽しみの一つです。

Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto
Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto

ギャラリー空間には所狭しと躍動感溢れる「火」の文字が並びます。並ぶというより踊っているという方が的確かもしれません。壁にかかっているはずですが、飛び跳ねているように感じる「火」の数々。

よく見ると多くの「火」に混じって「炎」や「灰」の文字も見られます。

Hiroshi Sugimoto”Brush Impression”, 2023, gelatin silver print© Hiroshi Sugimoto
Hiroshi Sugimoto”Brush Impression”, 2023, gelatin silver print. © Hiroshi Sugimoto

この躍動感溢れる書は、何にどうやって書かれているかというと、暗室の中で現像液や定着液に筆を浸し、本来写真を写しとる印画紙に書を揮毫したものなのです。

ですから、書いているその場では、文字がはっきりとはわからない状態な訳です。

そもそもこのようなシリーズを制作したきっかけは、長いパンデミックの後にNYのスタジオに戻ると使用期限を迎える大量の印画紙が見つかったからなんだそうです。

これら最新シリーズBrush Impression」の制作風景を撮影した動画が上がっていますので、訪問前に見ていくとより理解が深まります。

Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto
Installation view of Hiroshi Sugimoto’s exhibition ”Playing with Fire”, Gallery Koyanagi, 2023.© Hiroshi Sugimoto

▲蝋燭に灯した火が辿った時間の軌跡を一枚の写真に収めた「In Praise of Shadows 陰翳礼賛」シリーズ。

こちらの作品は、書の作品とは正反対で、静かな火の軌跡によって、時間を感じる作品になっています。

いつも通り期待を裏切らない杉本博司展でした。

益々松濤美術館の個展が楽しみです。

基本情報

杉本博司「火遊び」Playing with Fire(会期終了)

2023年9月5日­(火) ~ 10月27日(金)

12:00 – 19:00

日月祝日休廊

ギャラリー小柳

中央区銀座1丁目1−7−5 銀座小柳ビル 9F MAP

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杉本博司 本歌取り 東下り

杉本博司は、和歌の伝統技法である「本歌取り」を活用して、2022年に姫路市立美術館で展覧会を開催しました。

本歌取りとは、有名な古歌を取り入れて新しい歌を作る技法で、杉本はこのコンセプトを日本文化の一部として捉えています。

姫路の次は東に下って東京、渋谷区立松濤美術館で開催されてタイトルは「本歌取り 東下り」。

本歌と本歌取り

展覧会では多くが本歌と杉本博司による本歌取りを対照させて展示していますが、それ以外にも杉本博司による本歌と本歌取りの見立て、杉本博司の新作などが展示されています。

▲最初の地下1階展示室に展示されている「甘柑山春日社遠望図屏風」。
(10月17日からの後期で展示されています)

行かれた方も多いでしょう、杉本博司の遺作となる江之浦測候所と朱も鮮やかな春日社、そして相模湾の遠望です。

“Himeji Castle Screen”, Hiroshi Sugimoto, 2022

▲前期は「姫路城図」でした。(今は展示されていません)

本歌に相当するのは狩野永徳が描いた「安土城図屏風」です。ところがその絵は失われてしまって現存しません。

もはや存在しない絵を本歌とし、それに対する本歌取りとして姫路城を撮っているのですね。もう杉本博司の面目躍如という作品です。

“Mt.Fuji” Hiroshi Sugimoto, 2023

▲これは初公開となる新作「富士山図屏風」で、本歌は葛飾北斎の「富嶽三十六景 凱風快晴」です。

前後期通じて展示されています。

“California Condor” Hiroshi Sugimoto, 1994

▲こちらは2階展示室。

下に置かれているのは「厘細録 ブロークン・ミリメーター」。古墳時代の人物の首飾りだった管玉(くだだま)を使用して制作されています。

この作品の本歌はアメリカの彫刻家でパーカッショニストでもあるウォルター・デ・マリアの、ビルの一室に長さ2mの棒を並べた作品「ブロークン・キロメーター」。

掛け軸の方は「カリフォルニア・コンドル」。杉本博司の「ジオラマ」シリーズのうちの1点で、サンフランシスコの歴史博物館、カリフォルニア科学アカデミーにあった書割の前に据えられたカリフォルニア・コンドルの剥製を撮影したものです。

本歌は中国南宋時代の画家・牧谿(もっけい)の「叭々鳥図(ははちょうず)」。牧谿の同題の絵はいくつか存在しますが、この作品は藤田美術館所蔵のものを本歌としているようです

John Cage

▲アメリカの前衛音楽家、ジョン・ケージがキッチンペーパーに描いた水彩画が10枚。

禅に影響を受けていたジョン・ケージが関心を持っていた禅の公案「十牛図」に則り、弟子が55枚の水彩画を10枚づつ5セットに編集したうちの1セット。

まずはこのケージの絵を本歌として、文芸評論家の安藤礼二が和訳したものを本歌取り。という見立てを杉本博司が行って解釈(あるいは蛇足)している。そんな重層的な作品、というかインスタレーションです。

とにかくどれもこれも情報量が濃い!

▲これ以外にも写真のネガポジ法を発明したタルボットの初期写真を本歌取りしたもの、2023年11月9日(木)に野村万作などにより上演される ”杉本狂言” の本歌にあたる室町時代の絵巻「法師物語絵巻」などが地階1階の第1会場、2階の第2会場に展示されています。

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「本歌取り 東下り」の見どころ

本歌取りした作品以外にも杉本博司の世界が迫ってくる作品がいくつも展示されています。

“Wisteria, Kasuga Grand Shrine”, Hiroshi Sugimoto,2022

▲これは奈良春日大社の藤棚が満開になる直前の姿。

杉本博司の江之浦測候所に春日社が御霊分けされている縁もあり、春日神社に写真を奉納しようと春日神社本殿を撮影したときのものです。

この辺りの奇譚は作品キャプションで紹介されていますので読んでみてください。

▲2階展示室の壁一面を使って展示されているのは「愛飢男(四十五文字)」。

愛飢男と書いて ”あいうえお” と読ませるのも面白いですが、この作品は本歌取りにあたるもの。

では本歌はというと・・・

Brush Impression “Iroha Song(47 characters)”, Hiroshi Sugimoto, 2023

▲会期前期に2階展示室の同じ場所に展示されていた「いろは歌(四十七文字)」。(今は展示されていません)

ひらがなで いろは に対して、漢字混じりで あいうえお を返しているのですね。

なおこれからは暗室で印画紙に筆で描いた作品です。

前述の銀座のギャラリー小柳で展示されている「火遊び」シリーズと同じ技法が使われています

“Brush Impression 0625[Fire]”, Hiroshi Sugimoto, 2023 “Brush Impression 0740[Insane]”, Hiroshi Sugimoto, 2023
▲これも「火遊び」シリーズの姉妹作品で「火」と「狂」。

“Shatan”,Seiichi Shirai, Showa era(Latter half 20th century)

▲下に置かれているのはシュメール人が残した世界最後の文字、楔形文字。杉本博司によると文字は ”記憶の証拠” として発明されたもの。そして写真は ”歴史の証拠” として発明されたものと捉えるのだそうです。

掛け軸になっているのは松濤美術館を設計した建築家の白井晟一(しらい・せいいち)による書で、”吐くほどの深い嘆き” を意味する「瀉嘆(しゃたん)」と書かれています。

Model of Keika House for relocation plan 2023

▲その白井晟一が晩年に手掛けた邸宅「桂花の舎」が、杉本博司の江之浦測候所に移築されることになっているそうで、その建築模型も展示されています。

この模型を使い江之浦測候所のどこにどう移築しようか検討しているのだそうです。

つまり白井建築に対する杉本博司の本歌取りの作業を見ているのです。

U2 “No Line On The Horizeon”, Alubum jacket mounted as a scroll, 2009-2023

▲これはアイルランドの世界的な影響力を持つロックバンド、U2の2009年のアルバム「No Line On The Horizeon」。

ジャケットは見ての通り杉本博司です。このような分かりやすいものも展示されていてホッとします。

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映像作品が2点

2階の第2会場前のロビーでは映像作品が2本、上映されています

杉本博司「本歌取り 東下り」渋谷区立松濤美術館 2023年

▲1本は「杉本文楽 曾根崎心中 付り観音廻り」を2013年にローマで上演した際の記録映像。8分ちょっとの作品です。

もう1本は「Noh Climax 翁 神 男 女 狂 鬼」。2022年に姫路城などを舞台に撮影した杉本博司の映像作品「Noh Climax」のダイジェスト版で約5分。

両方を見ても15分に満たない時間ですし、ベンチも用意されていますから全部鑑賞しておきましょう

関連グッズと関連資料

最後に「本歌取り 東下り」の図録とグッズを紹介します。

杉本博司「本歌取り 東下り」渋谷区立松濤美術館 2023年 トートバック

▲トートバッグは1,980円。

図柄は「富士山図屏風」をモチーフにしたものです。

杉本博司「本歌取り 東下り」渋谷区立松濤美術館 2023年 展覧会図録

▲姫路美術館での「本歌取り」と松濤美術館での「本歌取り 東下り」を2冊セットにした特装版。

題字は杉本博司自身の手書きなので一冊づつ異なります。定価55,000円で100部限定。

10月1日から注文開始です。先着順ですから競争率がすごいことになりそうです。

▲もちろん価格3,850円の通常版も販売されています。

「本歌取り 東下り」展の写真撮影

通常ですと松濤美術館は展示室内も館内も写真撮影禁止なのですが、今回は写真撮影可能です! 入館時に受付で撮影に関する注意書きを渡されますので、それを読んで指示に従ってください。

なお1階の回廊から地下の展示室を見ることができるのですが、ここだけは撮影禁止です。カメラやスマホを落としたりしたら重大な事故に繋がりかねませんからね。

あまり問題が多いようだと会期中に撮影ポリシーが変わってしまう可能性もあるのでマナーを守って撮影しましょう。

「本歌取り 東下り」展の鑑賞時間とチケット

1点づつの情報量がすごい濃密なのですどうしても時間がかかります。人気の杉本博司なので混雑もしていますし、最低でも1時間半、できれば2時間みておくと良いでしょう。なお、金曜日は夜20時まで開館していますから夜間開館の日を使ってゆっくり鑑賞するのも良いかかもしれません。

またコロナ禍も明け、松濤美術館のチケットは今は予約不要になっています。受付で入館料を支払えば良いのですが現金のみですので注意してください。

頭がパンクしそうなくらいの情報量で杉本博司の世界が迫ってくるので1回では全貌を理解できないかもしれませんが、でも入館料の半券を持っていくと次回は2割引で入場できるリピーター割引もあります。

「本歌取り 東下り」展の関連イベント

今回の「本歌取り 東下り」展の関連イベントもいくつか開催されます。すでに受付が終了しているものもありますが、本記事執筆後でも申込み可能なイベントは次のとおりです。

・記念講演会「杉本博司の四方山話」
10月29日(日)、無料、定員60名(抽選)、申込は松濤美術館のサイトから

・杉本狂言 本歌取り『法師物語絵巻 死に薬~「附子」より』『茸』
11月9日(木)、渋谷区文化総合センター、4,500円、チケット情報はは松濤美術館のサイトから
展覧会にも出品されている「法師物語絵巻」を本歌取りした狂言。野村万作などが出演します。

・ギャラリートーク
9月29日、10月14日、10月22日の3回。各日午後2時から。入館料だけの追加料金不要、申込も不要で参加できます

基本情報

杉本博司 本歌取り 東下り

2023年9月16日(土) ~ 2023年11月12日(日)

前期:9月16日(土) ~ 10月15日(日)

後期:10月17日(火) ~11月12日(日)

月曜休館 (ただし、9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)

杉本博司展チケット料金:一般1,000円、大学生800円、高校生・60歳以上500円、小中学生100円

渋谷区立松濤美術館

渋谷区松濤2丁目14−14 MAP

アクセス:京王井の頭線 神泉駅下車徒歩5分、JR・東急電鉄・東京メトロ 渋谷駅下車徒歩15分

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