日本のサブカル界の伝説で、ヘタウマ不条理漫画で知られる漫画家、蛭子能収(えびす・よしかず)の描き下ろし新作による「最後の展覧会」が南青山のギャラリー「Akio Nagasawa Gallery / Aoyama」で開催されています。
1970年代にサブカル系の伝説的な漫画誌「ガロ」でデビュー、いったん暗黒のサラリーマン生活(!)を過ごした後、やはり伝説的な自販機雑誌「Jam」で再デビューした蛭子能収の、もしかしたらタイトル通り最後になってしまうかもしれない展覧会です。
というのは、蛭子さんは2020年に自身が認知症であることを公表し、それ以降は以前のような絵が描けなくなっているのです。このまま漫画家、絵描きとしてフェイドアウトしてしまうのか、でもそんな蛭子さんが旧友たちの助力を得て、力を振り絞って描いた作品による展覧会だからです。
蛭子能収という名を聞けば古くからの人は不条理な世界をヘタウマ漫画で描く作家性の高い漫画家をイメージするでしょうし、90年代以降だとテレビ出演も増え一般的にはタレントとして認知されていたりします。
そんな蛭子さんですから「最後の展覧会」と言われても本当に最後になるはずはないだろう、そんな思いを抱えながら初日に展覧会を訪問してみました。
そして想像どおりの展覧会でした。
PR《根本敬 presents 蛭子能収「最後の展覧会」》
自称・特殊漫画家の根本敬が監修をしているので展覧会の正式な名称は《根本敬 presents 蛭子能収「最後の展覧会」》です。
蛭子さんの盟友にして良き理解者で最大のファンでもある根本敬ですから、監修というより友人代表として展覧会をプロデュースしたのではないでしょうか。
▲ギャラリーの左右両端の壁には描き下ろしの作品が展示されています。
蛭子能収の漫画をイメージしていると全く違うかもしれません。絵描きとしての蛭子能収の作品です。
かつては「小学生みたいな絵」と自虐的に語っていましたが、今は根本敬に言わせると「幼児みたいな絵」。
でもだからこそ本質を突いた作品になっていて過去の蛭子能収作品と同様の世界観です。ただ画風は新境地、というか ”画家・蛭子能収” としての作品です。
認知症で記憶や認知力が薄れ、これまで蛭子能収を形成していた記憶や技法といったものが削ぎ落とされ最後に残った蛭子能収そのものがドンと提示されている、そんな絵画です。
▲この作品のタイトルは ”私はバカになりたい”。
このタイトルを見ると ヒカシュー!? と思う方も多いのでは? 日本のテクノロックバンド、ヒカシューのシングル「私はバカになりたい」のジャケットが蛭子能収でした。
80年代はヒカシューのレコードジャケットを蛭子能収が描いて、音楽も漫画も同じ地平上で一般にも受け入れられていたんですね。
それがタイトルこそ同じですが全く関係ないような絵になっています。やっぱり忘れちゃったのかなぁ。
▲でも蛭子能収の漫画のテイストを残している作品もあります。
物忘れが酷かったり身体が思うように動かなくても、蛭子能収が描く世界はやっぱり蛭子能収でした。アーティストの業というものなのでしょう。
「最後の展覧会」というタイトルの展覧会ですがそんな悲壮感が漂うものではなく、むしろ蛭子能収の画家としての新しい世界が見えてくる展覧会でした。もしかしたら私たちは画家・蛭子能収としての「最初の展覧会」を見ているのかもしれません。
蛭子能収ファン、サブカルファンだけでなく、アーティストを目指す人にもぜひ見てもらいたい展覧会です。
PR
真昼の暗黒展と根本敬
「最後の展覧会」は基本的には描き下ろしの新作が展示されているのですが、過去の作品も展示されています。
▲写真で右の作品は1986年に根本敬と二人で開催した「真昼の暗黒展」に出展された作品でタイトルはUntitled(無題)。根本敬との共作です。
横には根本敬が当時の思い出を書いているペーパーが貼られていて、蛭子能収のいい加減さと天才ぶりが知れてそれも必読です。
なんでもこの作品は37年間根本敬の実家に放置されていたのだそうです。
蛭子能収の漫画の多くは今はKindleで読むことができるようになっています▼
展覧会のポイントや写真撮影
「蛭子能収 最後の展覧会」では写真撮影可能です。もちろん、フラッシュや三脚、自撮り棒などはNGです。
そして大事なことですが、この展覧会で展示されている作品は絵画です。本人としては漫画やイラストという感覚なのかもしれませんが、これまでの蛭子能収の漫画やイラストをイメージしていくと良い意味で大きく期待を裏切られるかもしれません。
なお会期は2023年9月30日まで。Akio Nagasawaの開廊日は水曜日から土曜日までと短いのも注意です。それとギャラリーが開いているのは11時から19時までですが途中13時から14時までお昼休みで一旦閉めます。経験上、お昼休み時間は多少前後することがあるので14時ジャストに訪問するのは避けた方が良いかもしれません。
併せて訪問したい
会場のAkio Nagasawaにも近いビリケン商会では寺山修司の没後40年記念展「田園に死す」を開催しています。9月18日までと残り会期は短いですが蛭子能収と併せて昭和のサブカルにどっぷり浸るのも良いのではないでしょうか。
▲寺山修司の自伝的映画「田園に死す」をタイトルにした展覧会でです。
宇野亜喜良(うの・あきら)と花輪和一(はなわ・かずいち)のイラスト入りDMがもらえます。花輪和一は映画「田園に死す」のポスターを手がけていますが、蛭子能収と同じ時期に「ガロ」からデビューしています。。
基本情報
《根本敬 presents 蛭子能収「最後の展覧会」》
11:00–13:00, 14:00–19:00 休廊日:日曜、月曜、火曜、祝日 入場無料、予約不要 Akio Nagasawa Gallery / Aoyama 港区南青山 5-12-3 MAP |