画家 宇佐美圭司
東大が自らの不手際でその作品を廃棄してしまった画家の宇佐美圭司。その反省を活かすべく企画されながらコロナの影響で会期が2021年7月1日〜8月29日に変更になった「宇佐美圭司 よみがえる画家」展を東京大学駒場博物館にて鑑賞してきました。
作品「きずな」について
東京大学本郷キャンパス内の中央食堂の壁に1977年から展示されていた宇佐美圭司の大作「きずな」(4枚組 H3.7m×W4.8m)を、所有者である東大生協が2017年の食堂の改修工事の際に、廃棄処分してしまったのはショッキングな事件として記憶に新しいところです。
東大と東大生協は2018年5月8日付で、それぞれのホームページに経過説明やお詫びを掲載しています。
東大生協によると、老朽化した中央食堂の全面改修が決定し、宇佐美圭司の作品について生協、大学の事務、設計事務所で検討をしました。
しかし、専門家に意見を求めることはなく、「絵が固定されていてそのまま取り外せない」「切り取って外しても出入り口が通れない」という理由から、設計を優先させて廃棄することが決定し、2017年9月に廃棄処分してしまいました。
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東京大学という日本の最高峰の大学で、専門家をたくさん輩出してるだけでなく、学内にも美術史の専門の先生方が何人もいる中で起きたこの事件は相当な物議を醸しました。
逆にいうと東京大学だから、問題になったという見方もあります。他の施設でこのような事が行われていても誰も気づかず、問題視される事もなく、老朽化した建築とともに葬り去られてしまった美術作品は過去にきっといくつかあるでしょう。
宇佐美圭司
今回の展覧会が「よみがえる画家」というタイトルであることからわかるように、宇佐美圭司は忘れられた画家の1人であったかもしれません。そのことも廃棄処分にされてしまった一因であると言えるでしょう。というのも東大生協のHPの廃棄に関する説明文には、宇佐美圭司の業績・経歴は承知していたことなどが記されているのです。
作者がどんな人物かまで分かっていたのに、なぜ廃棄してしまった? と不思議に思いますが、根本的な理由は「公共空間の美術作品の芸術的価値や文化的意義について十分な認識を共有していなかった」ということになるでしょう。
この事件後東京大学は問題を深刻に受け止め、公開シンポジウム「宇佐美圭司「きずな」から出発して」を開きました。そこで様々な問題点について討論が行われ、その中には、「忘れられたのは作品が置かれた経緯だけでなく、作者自身でもあった」という意見がありました。
日本の70年代の現代美術は「もの派」にばかり焦点が置かれ、そのあおりを受けるかのように、宇佐美圭司をはじめ同時代の「もの派」以外の美術家たちの影が薄くなる状況が長く続き、作品廃棄へ導いてしまったのではないかということです。宇佐美圭司の「きずな」が失われた事は痛恨事ですが、この問題が宇佐美圭司を再評価するきっかけとなったのであればまだ報われるのではないでしょうか。
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展覧会
展覧会は、宇佐美圭司の主な時代の絵画、彫刻、資料や映像の展示と共に、失われた作品「きずな」の原寸大再現画像が会場にて投影されています。
また、1968年のレーザー光線を用いた作品「Laser:Beam:Joint」が再制作され、実際にレーザーの実演が行われています。(実演日はHPにて確認できます)
実演の際は博物館の学芸員による解説があり、これが非常にわかりやすくて実演を見られただけでなく、解説を聞く事でより深まりました。
実演では実際に1968年に画廊で行われた展覧会を忠実に再現するために、画廊と同サイズのスペースを館内に作り、その中に設置された作品にレーザービームが視認できるようドライアイスによる煙を発生させます。ドライアイスによる煙がないとレーザーは見えません。実演は約10分ほどです。
展覧会は撮影可能ですが、 SNSなどへの投稿は禁止なので、実演の様子を撮影した駒場博物館のYou tubeを参照ください。▼
展覧会では駒場博物館所蔵のマルセル・デュシャンのいわゆる「大ガラス」東京ヴァージョンも展示されています。これは世界に4つ存在するレプリカのうちの3番目に作られたものです。
展覧会のもう一つのテーマである「現代美術における再制作の問題」を考察する試みとしてこの再制作された大ガラスも同時に展示されています。
展覧会期
東京大学駒場博物館
2021年7月1日~8月29日 火休 10時~18時
入場無料 事前予約制 展覧会は撮影可能ですが、 SNSなどへの投稿は禁止です。
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槇文彦との協働
慶應義塾大学図書館入口の宇佐美圭司作品。図書館を設計した槇文彦が宇佐美圭司に依頼して 制作された「やがてすべては一つの円の中に」(1982)です。
こちらは2008年当時存命であった宇佐美圭司本人による講演会が学内で行われたり、2018年に修復が施されるなどきちんと展示・管理されています。▼
2008年に「路上の英雄 No.3」(1967)が新たに寄贈され図書館内に展示されています。
現在は感染症の流行状況もあり学生以外大学内へ出入りできないこともあるので注意してください。
槇文彦設計の代官山のヒルサイドテラスF棟には、慶應義塾大学図書館同様に宇佐美圭司のモザイク作品「垂直の夢」(1992年)が設置されています▼
この作品もおそらく建築家槇文彦の依頼により制作設置された作品です。この作品は誰でも鑑賞可能です。
東京大学の宇佐美圭司作品「きずな」は東大生協によって廃棄されてしまいましたが、この事件をきっかけに宇佐美圭司が再評価され、展覧会が開催されました。
更に学内の組織である東大と東大生協による文化財への情報共有という「きずな」が生まれたのであれば無駄ではなかったのではないでしょうか。
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駒場に行ったらすぐ近くの日本民藝館リニューアルされた大展示室と旧柳宗悦邸の西館と旧前田伯爵邸和館もあわせてどうぞ!