東京都現代美術館では「パティ・スミス (Patti Smith)」と音響芸術コレクティヴの「サウンドウォーク・コレクティヴ (Soundwalk Collective)」の最新プロジェクト《コレスポンデンス (CORRESPONDENCES)》が開催されています。
今から半世紀前、1975年にアルバム「ホーセス(Horses)」で音楽も含めたほぼ全ての文化表現に ”パンク” 的な影響を与え、それ以前と以降での見える景色に決定的な違いを与えることになったパティ・スミス。
詩人としての活動もあり、忘れられていた象徴主義的表現を音楽に取り入れ、肉体的な音と知的な歌詞でまったく新しい表現を切り拓いたパイオニアで、今なお世界のポップカルチャーのアイコン的存在です。
サウンドウォーク・コレクティブはステファン・クラスニアンスキー(Stephan Crasneanscki)が2001年に始めたプロジェクトで、2008年にシモーヌ・メルリ(Simone Merli)が合流してから今の形で活動を続けています。
パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティブの協働は10年以上に及ぶもので、その成果はPerfect Vision三部作《The Peyote Dance》、《Mummer Love》、《Peradam》の各アルバムで聴くことができますし、ブライアン・イーノらがリミックスした《The Perfect Vision: Reworkings》でそのさわりを聴くこともできます。
今回の《コレスポンデンス》はそんな彼らの最新プロジェクトで、世界のさまざまな土地の「音の記憶」を呼び起こし、気候変動や環境破壊あるいは芸術家やアナーキストの影響を映像と音楽と言葉で表現しています。
このエキシビションのコアとなっているのは8本の映像作品。全部見ると約2時間かかります。
本記事を参考に事前に予定を立てておくと《サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス》をより効率よく楽しめるはずです。

チケットの購入方法などについては本記事の後半で紹介します。
エキシビション構成
会場は東京都現代美術館の地下2階展示室。
展示室前の入口エリア、展示室の前半と後半と大まかに別れています。

▲展示室の入口エリアの様子。
写真作品が2点、それと各映像作品をテーマにパティとサウンドウォーク・コレクティブのステファン・クラスニアンスキーとの対話パネル、そして彼らが制作したサウンドが収録されたレコードとプレイヤーが置かれたリスニングステーションが用意されています。

2人の対話が記載されたパネルを読んでから映像作品を見ればより理解しやすいとは思いますが、2時間も見ていれば忘れてしまうので観てから読むでも構わないと思います。
展示室内は前半がドローイングなどの平面作品と立体作品、奥が8面を使った映像作品という配置になっています。
平面作品と立体作品

▲入口エリアの展示作品。
ガラスに写真を転写したものです。

▲展示室内の作品。
手前は「沈黙」というタイトルの立体作品。

▲展示室内の平面作品と立体作品は写真撮影可能です。逆に映像作品は写真も動画も撮影禁止です。
前半部の作品群は壁に投影される映像作品を片目に、流れる音楽とパティ・スミスの声を聴きながら鑑賞するかたちになります。
コレスポンデンス (CORRESPONDENCES)
本エキシビションの中核をなすのが「コレスポンデンス (CORRESPONDENCES)」プロジェクトで得られた8本の映像作品。
ステファンが世界の土地を訪れフィールドレコーディングして「音の記憶」を採集し、それにインスピレーションを得ながらパティが詩を書き言葉を乗せ、さらにそこにサウンドウォーク・コレクティブとして映像を編集する、まさに ”コレスポンデンス(往復書簡)” の形式で制作されたものです。
サウンドのクレジットは ”サウンドウォーク・コレクティブ&パティ・スミス” となっていますが、実際にはサウンドウォーク・コレクティブ主導で制作されていて、レコードのクレジットでも作曲はサウンドウォーク・コレクティブとされています。
非常にエクスペリメンタルなサウンドなので、過去のパティ・スミスのロック作品を期待するとかなり違います。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズとのコラボ「The Coral Sea」の音を思い浮かべてもらうのが一番近いです。
上映時間
8本の映像は
《チェルノブイリの子どもたち》 – 15:05
《さまよえる者の叫び》 – 12:07
《パゾリーニ》– 13:00
《燃えさかる 1946–2024》– 17:28
《侍者と芸術家と自然》– 13:13
《アナーキーの王子》– 7:55
《メディア》– 14:08
《大絶滅 1946–2024》– 17:56
トータル111分になります。
パティ・スミスのSpoken Wordはもちろん英語ですが、日本語訳が展示室奥の壁に投影されるので、言葉を読みながら映像も見られるベストポジションを探してみてください。
各作品について
《侍者と芸術家と自然》はタルコフスキーの映画「アンドレイ・ルブリョフ」とそのメイキング映像を引用。パティ・スミスが世に出た第一声「キリストは誰かの罪のせいで死んだけど、それは私の罪ではない」(Gloria: In Excelsis Deo/Gloria [Version])を彷彿とさせるような映像編集になっているような気がします。
《メディア》はイタリアの映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニがマリア・カラス主演で撮った「王女メディア」のフィルムと未公開映像が使われています。そして《パゾリーニ》はファシストに殺されたとも噂されるパゾリーニの最後の一日を描いたアベル・フェラーラの映画「パゾリーニ」から。あのウィレム・デフォーが主演を努めた映画で、この映像でも彼が登場します。
《燃えさかる》はパティ・スミスが生まれた1946年以降の大規模森林火災のリストを読み上げるだけのもの。どんどん火災の数が多くなり焼失面積が大きくなる様子が判ります。かつてエディット・ピアフは電話帳を読み上げるだけでも人々を感動させることができるだろうと称されましたが、ここでのパティもリストを読み上げるだけで人々エモーショナルにさせ、気候変動の深刻さを実感させます。
《大絶滅》も1946年以降に地球上から絶滅した動植物のリストを読み上げるもの。また《さまよえる者の叫び》は人間の活動が海に棲む哺乳類に壊滅的な被害を与えていると告発する内容のものです。
CORRESPONDENCES EP

▲リスニングステーションでは現在進行で制作中のコレスポンデンス(CORRESPONDENCES)プロジェクトのサウンドが収録されたレコードを聴くことができます。
プレイヤーにセットされているレコードは2024年リリースの「Correspondences Vol. 1」と2025年3月にリリースされたばかりの「Correspondences Vol. 2」。12インチですがA面B面各1曲のいわゆるEP(12インチシングルとも)です。(上の写真はCorrespondences Vol. 2)
トラックリストはCorrespondences Vol. 1がA面「パゾリーニ(Pasolini)」、B面「メディア(Medea)」。
Correspondences Vol. 2がA面「チェルノブイリの子どもたち(Children of Chernobyl)」、B面「侍者と芸術家と自然(The Acolyte, the Artist and Nature)」。
タイトルで分かるように今回のエキシビションで上映されている作品のサウンドとSpoken Word部分が収録されているものです。映像なしバージョンとも言えるので、エキシビション後の振り返りにも良いですし、純粋に音楽作品として楽しむこともできます。
なおフィジカルなレコードとしては売り切れのため販売を終了していますが、各音楽配信サービスで購入したり聴くことができるようです。一部はYouTubeにも上がっています。
リスニングステーションのプレイヤーで操作できるのはSTARTボタンとSTOPボタンを押すだけです。勝手に手動で針を落としたり、ましてやレコード盤を裏返したりしてはいけません。厳重に注意されます(されました)。
《コレスポンデンス (CORRESPONDENCES)》を見に行くなら
写真撮影について
展示室内の壁面に投影されている映像はすべて写真も動画も撮影禁止です。
また平面・立体作品も含めた全作品とも動画の撮影は禁止です。
ただし平面・立体作品については写真撮影が可能です。もちろんフラッシュ、一脚・三脚、自撮り棒の使用はできません。
またサウンドも重要な要素でもある作品なのでシャッター音については最大限の配慮をしましょう。
今後、会期が進んで混雑するようになると撮影ルールが変更される可能性が大いにあります。訪問時の最新のルールに従って写真撮影するようにしてください。
上映時間と鑑賞時間
前述のとおり、映像作品8本を見ると110分かかります。
平面作品と立体作品は5〜10分もあれば良いと思いますが、問題は対談パネルとCorrespondences Vol. 1とVol.2のEPです。
パネルを全部読むと混雑状況にもよりますが10分くらいかかります。EPは2枚あってAB両面全部聴くと55分です。
要するにフルコース鑑賞で3時間です。
EPは映像作品のサウンドトラックなので適当に省略することも可能ですが、それでも2時間以上必要です。
16時以降に入場すると物理的に映像全編を鑑賞することができないので遅くともそれまでに入場するようにしたいですね。
混雑状況
決して混んではいません。ただ上映時間が長い上に展示室内のキャパがそれほど多くなさそうなのでタイミングによってはベンチに座れないとかの状況になるかもしれません。でも2時間ずっと立って映像を見るようなことはないと思います。
パティ・スミスというアーティストは日本や欧米では世界のカルチャーをひっくり返した人物としてカリスマ的な人気を誇りますが、それ以外の世界では知名度も人気もカルト的というか限定的なものに留まっていますし、ひっくり返った世界しか知らない若い世代にとっても同様です。同じ東京都現代美術館で開催された《坂本龍一展》ではインバウンドのお客さんも含めて空前の混雑になりましたが、《コレスポンデンス》はそこまでの混雑になることはないでしょうし、むしろ静かに始まり静かに終わりそうです。
ただし5月21日と6月18日、つまり第3水曜日は別です。この日は65歳以上が無料になるので、古くからのパティ・スミスのファンたちが来場しそうだからです。
ちなみに私たちが訪問したのは5月の平日の午後でしたが、欧米からのお客さんと日本人のお客さんで40:60くらいな感覚でした。
チケット購入
事前にオンラインでチケットを購入しておくのが良いです。QRコードが発行されるので、美術館のチケット売り場に並ぶことなく直接展示室入口に向かい、入口でQRコードを提示して入場することができます。
もちろん美術館チケットカウンターでも当日券が販売されています。
あと重要なのは、《コレスポンデンス》のチケットでMOTコレクション展に入場することはできません。別途500円(一般)のチケットを購入する必要があります。
また東京都現代美術館へ行ったなら充実したパブリックアートもお忘れなく。
関連イベント
《サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス》のライブパフォーマンスは京都公演、東京公演とも終了してしまいましたが、サウンドウォーク・コレクティヴの創設者ステファン・クラスニアンスキーの展覧会が都内で開催されています。

▲恵比寿のブックショップ「POST」を会場にする《私たちがあとに残すもの (What We Leave Behind)》展です。ステファン・クラス二アンスキーの作品集「What We Leave Behind」の日本語版出版を記念してものもので、オープニングレセプションにはパティ・スミスも駆けつけています。
この作品集はフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールが個人的に蒐集していたフィルムやエフェメラなどを題材にしたもの。会場には作品集に関連するアートワークが展示されています。
《コレスポンデンス》展の会場で聴けるレコード「Correspondences Vol. 2,」のジャケットは「What We Leave Behind」も収録されているゴダールの収集物ですし、アナキストのピョートル・クロポトキンをテーマにした「アナーキーの王子」ではゴダールの声を聴くことができるなど、《コレスポンデンス》展ともリンクした展覧会です。
会期は2025年5月24日(土)まで。月曜定休で営業時間は10時から19時まで。ブックショップ内のギャラリースペースなので入場無料です。
500部限定の「What We Leave Behind 私たちあとの残すもの」は9,900円(税込)で会場のPOSTでも購入可能です。
基本情報
サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス
会期:2024年4月26日(土) - 2025年6月29日(日) 開館時間:10:00-18:00 (入場は閉館30分前まで) 休館日:月曜日 観覧料:一般 1,800円、小学生以下無料 会場:東京都現代美術館 住所:江東区三好4丁目1−1 MAP アクセス:地下鉄清澄白河駅から徒歩、有料駐車場あり |