「写本」という言葉を聞いて何をイメージしますか?
印刷技術が発明される以前に文書を手書きで書き写したもの、世界一有名な「死海写本」、「古事記」や「万葉集」以来の日本の写本など。こういうものだという漠然としたイメージはあると思います。
しかし「写本」がテーマの展覧会が「国立西洋美術館」で開催されていると聞くと、写本と西洋美術ってどんな関係? と思ってしまうかもしれません。
2024年6月11日から8月25日までの会期で国立西洋美術館で開催されている《内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙》(以下 写本展)がその展覧会ですが、訪問してみれば写本をテーマにした展覧会が国立西洋美術館で開催されるその理由が分かります。
▲展覧会名に ”内藤コレクション” と付くのは、市井のコレクターで国立西洋美術館に中世ヨーロッパ写本のコレクションを寄贈した内藤裕史氏に因んでいます。
サブタイトルに ”いとも優雅なる中世の小宇宙” とあるのは写本の中に中世の世界がまさに小宇宙のように閉じ込められていることから。これは実際に展示されている写本を鑑賞すれば納得のサブタイトルです。
実は写本という世界は熱狂的なマニアが多くいるジャンルですが、そのわりに開催される展覧会も少なくそうした意味では待望の、そしてまた私たちのような知識として知っているレベルの者にとっては新しい発見ばかりの、要するにとても貴重な展覧会です。
PR展覧会構成と鑑賞時間
写本展は全9章で構成されています。
展示室の入口に作品リストがあるので手に取ることを忘れずに!
▲展示室内の平面図です。
鑑賞時間の目安
写本展に展示されている写本などの作品は全150点余。その代わり資料映像などの上映はありません。
映像鑑賞がないとはいえ、キャプションに解説のある作品も多いですし、写本に特徴的なミニアチュール(細密画)を読み解く作品も多いです。さらに写本ということは書物・文書なので主にラテン語ですが読めるものならそれも読みたいので、鑑賞には最低でも1時間半以上はかかると思った方がよいです。
写本展の見どころ
写本展は全9章で構成されていますが、構成順ではなく書物としての機能や美意識が伝わる作品を勝手にピックアップしてご紹介します。
聖書
ルネサンス以前のヨーロッパにおいての知識は王侯貴族や教会が独占していて、知識を伝達するメディアとしての書物は人間の手による書き写しがメイン。
そして教会における知識というのは要するに(旧約)聖書とその解釈ですから、中世ヨーロッパの写本というと聖書の比重が大きくなります。中世の修道院を舞台にしたウンベルト・エーコの「薔薇の名前」(映画にもなっています)でも写本を制作する写字室が重要な舞台になっていましたね。
▲内藤コレクションの多くは書物から切り離された1枚1枚の紙葉です。この写真で言えば額装された1枚を1つの作品として数えています。
当時の聖書は1ページ2カラムが一般的なレイアウトだそうですが、持ち運びを考慮して少ないページ数にしたいため、文字(ラテン語)がびっしりと書き込まれています。
▲内藤コレクションの多くはフランスとイギリスのものですが、これはイギリスに伝わるたぶん聖書の解釈本。
中世ヨーロッパでの神学の発展や広がる様子もなんとなく分かります。
詩篇集(Psalms)
そして詩篇集。
旧約聖書を構成する書で神を讃える150編の詩からなるもので、キリスト教の重要な要素です。
▲一般の信徒が私的な礼拝に用いるために人気を博したていたそうです。
さて、こうした写本には文字だけでなく装飾や人物、動植物などが挿絵として書き込まれていて、これを「ミニアチュール」といいます。
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ミニアチュール
写本に芸術的な価値を見出されるのはミニアチュールの存在も大きいです。
もちろんカリグラフィーやレイアウトデザインの面白さなどもありますが、そこにミニアチュールが加わることで写本自体がユニークな価値を持っているのです。
▲これは詩篇集ですが、フランシスコ会の修道士たちと花や鳥などをモチーフにした装飾が書き込まれています。
▲内藤コレクションはキリスト教関連の写本が多いのですが、非宗教的(世俗的)な書物もいくつかあります。
写真のこれは宗教書ではなく「宝典」という書物。もうじきルネサンスという位置にいる書物のようです。
そのためか描かれているミニアチュールもルネサンス精神を彷彿させるようなもの。
▲これは別の詩篇集の余白に描かれたもの。
餌をついばむ雌鳥とひよこなんですけど、実物を見ればびっくりするほどのサイズ。小さいんです。
写本を書き写した人物が手慰みに描いたのか、自身の技術を誇示しようとしたのか。
▲こうしたミニアチュールは会場の各セクション毎の解説ボードにも描きこまれています。
それがどの作品のものか探してみるのも面白いと思います。
▲これは印刷写本というもの。
15世紀の印刷革命により王侯貴族や教会による知識の独占が終わりルネサンスや近代社会へと続くのですが、印刷革命によって手作業による写本が廃れてしまったかというと実はそうではなかったようです。
印刷本にさらに写本の技術を使って装飾を施したりしていたのです。現代風に言えば、大量生産の印刷本に写本的なワンオフの付加価値を付けていたようです。
内藤コレクションについて
この展覧会の作品のほとんどは国立西洋美術館が所蔵する「内藤コレクション」のもの。冒頭に内藤裕史氏を ”市井のコレクター” と紹介しましたが、実際には筑波大学の名誉教授でもある医学者です。お金だけはいっぱい持ってるコレクターとはイメージが違います、
若い頃から美術が好きでアメリカに留学中も研究の傍ら美術館やギャラリーを巡り歩いたというから筋金入りです。
そんな内藤氏が写本の魅力にハマったのはパリの古本屋で装飾写本を見かけ購入してから。それから徐々に写本を購入しながらコレクションを形成していったのだそうです。
中世にローマ時代からの人類の知識の伝達を担い美術品としての価値も持つようになっていた写本に惹かれるところに知性が感じられます。
▲30年にわたり写本のコレクションを形成した後、2015年にコレクション一式を国立西洋美術館に寄贈します。
コレクターとしては人生をかけた、自身の分身とも言えるコレクションをなぜ寄贈したのか。「寄贈によって成長を続け躍動する美術館と、生きた証がそれによって残るコレクターの姿」という内藤氏の想いが最後に掲示されていました、まさにコレクターの鑑としたい言葉です。
▲その内藤氏の著作です。現在一般書店での取り扱いはありませんが国立西洋美術館ショップで販売しています。
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ミュージアムグッズ
展覧会の楽しみのひとつにミュージアムグッズがあります。
写本展でも関連グッズが販売されています。
▲鮮やかなオレンジの写本スカーフは19,800円。
▲最近の定番マスキングテープをはじめ、中央の内藤コレクション写本のカタログ・レゾネ(総目録)が11,000円、作品選2,300円など。
他にもイタリアのカマルドリ修道院のレシピを使ったグミやキャンディー、写本を用いたパッケージが美しいパウンドケーキなど食品からマグネットや文具など様々なグッズ類まで、いろいろあるのでぜひ足を運んでみてください。
PR写真撮影について
この展覧会では写真撮影が可能ですが一部撮影禁止の作品があります。
なお動画での撮影は全てNGです。
撮影禁止作品については個々に撮影禁止マークが掲示されています。
撮影ルールについては会期中に変更されることもあるので、会場での最新の指示に従うようにしてください。
▲中世の装飾写本の世界はマニアックな人気もあって会場は思った以上に混雑しています。
フラッシュ撮影、1脚3脚自撮り棒の使用といったNG項目の他に、リュックなど大きな荷物の持ち込みなども避けて他のお客さんに配慮したマナーの良い鑑賞を心がけたいです。。
▲展示室入口にフォトスポットが用意されているのもいつも通りです。
写本という一部に熱狂的なマニアはいるものの、一般的にはマイナーなジャンルの展覧会ですが、展示されている作品は美術作品としても興味深いですし、ローマ時代からルネサンス期まで人類の知識を伝達するうえで大きな役割果たしたという社会的な役割にも心が踊ります。
そしてこの貴重な写本を収集した内藤氏の情熱と、それを西洋美術館に寄贈したコレクターとしての矜持を想いながら鑑賞したいと思います。
展覧会のサブタイトル「いとも優雅なる中世の小宇宙」。まさにその言葉通りの世界が見える展覧会です。
基本情報
内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙
会期:2024年6月11日(火) ~ 8月25日(日) 開館時間:9:30~17:30 金・土は20:00までの夜間開館 休館日:月曜と7月16日は休館。7月15日、8月12日、8月13日は開館 観覧料:一般 1,700円、大学生 1,300円、高校生 1,000円、中学生以下無料 。8月3日は無料観覧日。 日時予約制ではありませんが事前にオンラインチケットを購入していくと入館がスムーズ! 東京都台東区上野公園7−7 MAP アクセス:JR上野駅下車(公園口出口)徒歩1分、京成電鉄京成上野駅下車 徒歩7分、東京メトロ銀座線、日比谷線上野駅下車 徒歩8分 |
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