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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026 − 南アフリカ、パンクそして抵抗の写真家たち


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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026

毎年春の京都で展開される「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」(以下 京都グラフィー)が2026年4月17日(土)に開幕し、例年にも増して評判を博している。

開催前に催行されたプレスツアーに参加する機会を得てInstagramでその内容を紹介したのだが、今年の京都グラフィーの目玉とも言える4人のアーティストに着目して紹介したい。

今年のテーマは「EDGE」。世界がClose to The EDGE、つまり不安定の瀬戸際に立っている危機的な状況の中で写真が持つ機能や役割と問いかけようというもので、実際にそれがビシビシ伝わってくるセレクションだった。

※本記事はプレスツアー時に許可を得て撮影を行っています。


京都グラフィー2026のプログラム

今年のプログラムは14組のアーティストが15の会場で展覧会を開催する「展示」、それと「南アフリカ(South Africa in Focus)」という南アフリカの3世代の写真家による展示だ。

南アフリカに焦点があてられた理由について「日本では、この人種隔離(アパルトヘイト)という暗い歴史に対する認識が十分に広がっているとは到底いえない」との説明があったが、これにはあまり同意できない。

ピーター・ガブリエルの「Biko」は1977年に亡くなったスティーブ・ビコについての歌だし、映画「遠い夜明け」もそうだ。Special AKAの「Free Nelson Mandela」だってリアルタイムに紹介されている。日本にも、アパルトヘイトやスティーブ・ビコの死を遠い他国の出来事ではなく自分に繋がる怒りとして受け取った人間たちが確かにいたはずだ。

知られていなかったのではなく、忘れようとしている人間と、忘れていない人間がいる・・・そういうことだと思う。

ともかく、まずは「南アフリカ」の核心とも言えるアーティストから紹介していこう。


アーネスト・コール《House of Bondage (囚われの地)

1940年、南アフリカのトランスヴァール生まれの写真家アーネスト・コール

▲アパルトヘイト下の法律で「黒人」ではなく「カラード」と登録されたコールはアパルトヘイトの実情を記録しようと、鉱山、病院、裁判所、警察署、刑務所、隔離居住区など日常のなかに組み込まれていたあらゆる場所を撮影し続けた。

▲その写真群を収めた写真集『House of Bondage(囚われの地)』(1967年)。

1966年には南アフリカを離れ亡命を余儀なくされ、翌1968年には政府からパスポートを剥奪され永久追放処分を受ける。

▲北米に渡ったコールはストリートフォトグラファーとして活動するが、1972年以降は生活が乱れホームレス状態になりながら1990年にニューヨークで亡くなっている。

この過程でアーカイブやネガが失われ、アーネスト・コール自身も忘れられた存在となっていった。

ところが2017年に6万点以上のネガがスウェーデンで発見され。今も調査と整理が進められている。会場の最後には追加の章を含む「House of Bondage」の新版が展示されている。

▲アーネスト・コールの《囚われの地》の会場は京セラ美術館 本館 南回廊 2階。

展示会場入口は白人用と非白人用に分かれている。非白人用から胸を張って入室したい。もちろんどちらから入っても見れる作品は同じだ。

▲EUROPEANS ONLYと書かれたベンチに座る白人女性。こんな光景が普通にあったのがアパルトヘイトだ。

▲ヨハネスブルグの路上で普通に見られた光景。

▲アパルトヘイトという制度を固定化するための教育、アパルトヘイトにより分断化される社会。

そうしたものが残酷なまでのリアリズムで撮られている。

▲このように忘れられた存在となっていた南アフリカのフォトジャーナリスト、アーネスト・コールと彼の「囚われの地」が日本で紹介されるのは今回の京都グラフィーでの展示が初めてだそうだ。

忘れれた存在でが再発見されというとアパルトヘイト下の南アフリカでプロテスト・ソングとして歌われた「I Wonder」と作者でデトロイト出身のシンガーソングライター、(シクスト)ロドリゲスを思い起こす。

アメリカで夢を諦めて普通の人生を歩んでいたロドリゲスと、国を追われ貧困のうちに消えていったアーネスト・コール。二人の間に直接の接点はない。ただ、自分の仕事が得られるべき評価を得られないまま、時代の隙間に消えていった部分が重なる。

京セラ美術館の南回廊に展示されたコールの写真群は半世紀以上の時を経て今ようやく日本の観客に届いた。映画「シュガーマン」でロドリゲスが再発見され再評価されたように、フォトジャーナリストの先達の一人アーネスト・コールが日本に紹介されたことを素直に喜びたい。

アーネスト・コール《House of Bondage (囚われの地)》

会期:2026年4月18火(土) 〜 5月17日(日)

会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階

開館時間:10:00 – 18:00

入場料:大人 1,000円、学生 500円 (パスポートチケット対象会場)


 

Rock Against Racism、そしてポストパンクへ

今年の京都グラフィーが素晴らしいのは「南アフリカ」とこれから紹介するアントン・コービン、リンダー・スターリングというアーティストの繋がりが見えるように感じられるからだ。

先ほど書いたピーター・ガブリエルの「Biko」やSpecial AKAの「Free Nelson Mandela」の少し前のイギリスではパンクスやレゲエ、アーティストたちによるRock Against Racismという運動が生まれ、70年代の閉塞した時代のネオナチやレイシストたちに抵抗していた。また、1977年にパンクが終わった後は「ポスト・パンク」というさらに自由で新しい音楽が出現してくる。

アパルトヘイト、ビコ、マンデラ、Rock Against Racism、ポストパンク・・・これらは直線で繋がるものではない。ただ、同じ時代の空気の中で、それぞれの場所で、それぞれの方法で「否」と言おうとした人々がいた。そこにはアーネスト・コールやリンダー・スターリングそしてアントン・コービンがいたのだ。


アントン・コービン《Presence》

オランダ出身のフォトグラファー、アントン・コービンの50年以上にわたるキャリアから厳選された100点が展示されている。

▲右はアントン・コービンと「ジョイ・ディヴィジョン」の名を世界に刻んだ有名な写真。

ロンドンの地下鉄で撮られたモノクロームの世界。アントン・コービンの作風、ジョイ・ディヴィジョン(とイアン・カーティス)の不安定さを何よりもよく表現している。

左はドイツのインダストリアル系バンド「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」のブリクサ

アントン・コービンという名は知らなくても、この展覧会に行けば一度は見たことがある写真がいくつも見つかると思う。

▲左はジャズの巨匠「マイルス・デイビス」、右は「キャプテン・ビーフハート」ことドン・ヴァン・ヴリート。

常に音楽の最前線を切り拓いてきたマイルスと、ブルースという原点は変わらずアヴァンギャルドな世界を創り上げてきたビーフハートが並んでいるところからもアントン・コービンが人物ではなく、人物が見ている世界を撮ろうとしたことが判る。

右のビーフハートは彼の最後の音楽アルバムである「Ice Cream for Crow(邦題: 烏と案山子とアイスクリーム)」のジャケットに使われたもの。

この後ビーフハートは音楽の世界から引退しモファヴェ砂漠で画家としての活動を送ることになる。

▲左は「ニルヴァーナ」、右は「メタリカ」。

どちらも数多くの写真が撮られアーティストフォトが存在するバンドだが、アントン・コービンが撮るとこのように人としての存在をさらけ出したようなものになる。

▲南アフリカ大統領を退任し、一般人として過ごすネルソン・マンデラ

70年代、80年代のカルチャーの中で様々な人々を撮ってきたアントン・コービンにとって、マンデラは会わなければならない、撮らなければならない対象だったのだろう。

▲左からピーター・ガブリエル、ブリクサ・バーゲルト、ジョイ・ディヴィジョン、ブライアン・イーノ。

今年の京都グラフィーのテーマは「EDGE」だが、彼の撮る人物はまさに世界の周縁にいて、EDGEから世界を眺めているような人物ばかりだ。

▲たぶんアントン・コービンにとって特別なバンドはジョイ・ディヴィジョンなのだろう。

展覧会の最後は1980年代にヨーロッパ各地の墓地で撮影した〈Cemetery〉シリーズなのだが、そのさらに最後が右の写真だ。

説明するまでもなくジョイ・ディヴィジョンの2ndにして最後のアルバム「Closer」の場面だ。「Closer」のジャケット写真は別の人物によるものだが、これは同じ墓の写真をわざわざ撮りに行ったということだろう

YouTube player

▲ジョイ・ディヴィジョンのシングル「Atmosphere」。イアン・カーティスの死後にまるで葬送曲のようにリリースされた曲だ。

その「Atmosphere」が後にCDで再発される際にMVを監督したのもアントン・コービン。

巨大なイアン・カーティスの遺影を掲げながら砂浜を歩く白装束の人物たち。そのモノクロ映像は英雄の喪失を象徴的に描いているかのようだ。

コービンはその後「コントロール(Control)」で映画監督デビューを飾る。イアン・カーティスの短い生涯を描いた映画である

アントン・コービンだけでなく多くの人がジョイ・ディヴィジョンの音やその存在に影響を受けていたが、アントン・コービンはその最大のファンであり守護神でもあるのだろう。

▲会場となる嶋臺(しまだい)ギャラリーは烏丸御池駅を地上に出てすぐ。

アントン・コービンが撮った、これも有名なケイト・ブッシュのポートレートがあるのですぐに判る。

なおこの会場は靴を脱いでの入場となる。

アントン・コービン 《Presence》

会期:2026年4月18火(土) 〜 5月17日(日)

会場:嶋臺(しまだい)ギャラリー

開館時間:10:00 – 18:00

入場料:大人 1,500円、学生 800円 (パスポートチケット対象会場)


リンダー・スターリング《LINDER: GODDESS OF THE MIND》

リンダー・スターリングの《LINDER: GODDESS OF THE MIND》は彼女の日本での初めての個展。

実は今回プレスツアーに参加し会場でリンダー・スターリングの話を聞くまで、彼女が「Linder(リンダー)」という名でパンク時代から活動しているアーティストだと気付いていなかった、恥ずかしい。ちゃんとタイトルにLinder: と入っているのだから事前に気づくべきであった。

リリースなどでは ”パンクシーンから登場したアーティスト” くらいの紹介で具体的に何をしたのかほとんど紹介されていない。要するに何も言っていないに等しいので、音楽シーンで何をしていたか詳しく紹介しよう。

▲Linder名義で良く知られるのが「バズコックス(Buzzcocks)」のデビューシングル「Orgasm Addict」のアートワークだ。日本ではリアルタイムに聴けることはほとんど無かったが、パンクの衝動をそのまま歌にしたパンクアンセムの一つだ。

女性の裸体にアイロンなどをコラージュしたこの作品を上下逆さまにするとそのままOrgasm Addictのジャケットになる。

この後、90年代には元スミスの「モリッシー(Morrissey)」のアルバム・ジャケットを担当し、日本ツアーに同行したこともあったそうだ。

そして自身の活動としてはポストパンクなバンド「Ludus」のリーダー・ボーカルとして。モリッシーがLudusのファンだったことからその後の交友に繋がったそうだ。

Pop GroupやRip Rig & Panic、あるいはAu Pairsなどフリージャズからの影響を感じさせる硬質でポスト・パンクなバンドたちに似たサウンドなので中古盤屋などで見かけたらとにかく購入しておくのを勧める。

また本展で上映されている彼女のインタビュー映像の中にはLudusがマンチェスターのハシエンダと思われる場所で行ったライブ映像が含まれている。これまた貴重なもので今まで日本で見ることができなかったものなので、訪問時にはきちんと全編を観ておきたい。

▲リンダーの写真作品の核にあるのは、フォトモンタージュという手法を使った女性の身体と消費社会への批評だ。

▲女性誌の広告から切り抜かれたイメージ、食べ物、家電、そして女性の身体——それらを解体し、再配置することで、「女性はこうあるべき」という視線そのものを暴く。

▲ヨーロッパのアングラカルチャーからの影響をもろに感じさせる作品もある。

インタビューの中で明かしていたのだが、Ludusでのライブでは女性の身体にまつわる社会的タブーをそのままハシエンダのステージの上にぶちまけたこともあるのだという。

同時代のコージー・ファニ・トゥッティ(Throbbing Gristle(が、1976年のICA展示「Prostitution」で女性の身体と性産業を主題にした展示を行い、メディアと議会を巻き込む騒動を引き起こしたことを思い出させるエピソードだ。

70年代後半、フェミニズムが「女性はこう生きるべき」というメインストリームとは別の規範を提示しようとした時代に、リンダーやコージーは規範そのものを解体しようとしていた。彼女たちの作品はそうしたラジカルな立場からのものなのだ。

▲リンダーの展覧会のキービジュアルがこれだ。

Ludusのデビューカセット「Pickpocket」に封入されていたカードに使われいた写真である。

1977年のバズコックス、1981年のLudusという音楽シーンでの活動がり、パンクは1977年に終わっていたという諦念からか写真を使ったアーティストしての活動を続けてきたリンダー・スターリング。その日本での最初の個展のビジュアルが再びLudusというのは音楽ファンとしてはなんとも感慨深い。

▲本展はシャネル・ネクサス・ホールによるもので、京都グラフィーでの展示の後、銀座のシャネル・ネクサス・ホールにも巡回する。

出展作品が一部変更になるそうだし、そもそも東京に来るまで待てない人もいるだろう。まずは京都グラフィーのリンダー・スターリングへ足を運んでみたい。

リンダー・スターリング 《LINDER: GODDESS OF THE MIND》

会期:2026年4月18火(土) 〜 5月17日(日)

会場:京都文化博物館 別館

開館時間:10:00 – 19:00

入場料:大人 1,200円、学生 600円 (パスポートチケット対象会場)


森山大道《A Retrospective》

まず触れておかなければならない。今年の京都グラフィーにはもう一つの核がある。森山大道の大回顧展だ。

▲数年前からヨーロッパを中心に世界各国で開催されてきた「回顧展」の京都グラフィーバージョンだ。

これだけの展覧会を前にして、森山大道については一記事では到底収まらないし、すでに多くの言葉が費やされているし、これからも費やされるだろうここでは触れるだけに留める。ただ、ぜひ足を運んで欲しい展覧会とだけ言っておく。

森山大道 《A Retrospective》

会期:2026年4月18火(土) 〜 5月17日(日)

会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階

開館時間:10:00 – 18:00

入場料:大人 1,500円、学生 800円 (パスポートチケット対象会場)


京都グラフィー2026

「EDGE」をテーマとする京都グラフィー2026。そのキーとなるであろう4つの展覧会。

いつか自由になる、そんなEDGEで南アフリカの現実を取り続け国外追放されたアーネスト・コール、EDGEにいる人々の不安な姿をモノクロ写真に収め続けたアントン・コービン、写真というメディアを使い今も表現のEDGEを歩き続けるリンダー・スターリング。そして社会のEDGEを撮る森山大道。

テーマに見事に沿ったセレクションだけに、京都グラフィー2026で何を見ようかという際に、まずこの4人の展覧会を軸にスケジュールを組むことを勧めたい。

この4人を中心に見ることで、南アフリカからパンク、ポストパンクを経て現在に至るまで、直接的な系譜ではないがその空気感に共通したものがあることを確認できるだろう。

京都グラフィー基本情報

京都グラフィー 2026

会期:2026年4月18火(土) 〜 5月17日(日)

会場:京都市内各所

チケット:一般 パスポート 6,000円、学生 パスポート 3,000円


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