渋谷区東にある盲目の国文学者塙保己一史料館は、建築もすごいけれど、中に保管されている「群書類従」の版木がとんでもなくすごい。
PR塙保己一史料館
近所にあるとても古めかしいけれど、なかなか威厳のある建物。ずーっと気になっていた塙保己一史料館に先日初めて入ることができました。
なんせ、この史料館は土日祝がお休みで平日しか開館していないため、近いとはいえこれまでなかなか訪問の機会がありませんでした。
PR塙保己一とは
簡単にいうと江戸時代の盲目の国文学者で、その生涯をかけて制作した666冊からなる「群書類従」を刊行した人物です。
1746年(延享3年)埼玉県生まれの塙保己一は、7歳の時の病で失明します。24歳で加茂真淵に入門し、41歳の時に群書類従見本版「今昔物語」を刊行。そして40年の歳月をかけて666冊からなる群書類従を刊行しました。
群書類従
「群書類従」は日本の歴史・文化・文学などを後世に残すために編纂された古典叢書で、塙保己一が34歳の時に「各地に散らばっている貴重な書を取り集め、後の世の国学びする人のよき助けとなるように」とその編纂を開始しました。
完成までに40年の歳月をかけた群書類従の収録文件数は1277種、25部門に分類して総冊数665冊、目録1冊の合計666冊からなります。塙保己一は、これらを木版本にして頒布しました。
木版の版木枚数は17,244枚、両面刻であるから約34,000ページ分となります。これら版木は1957年(昭和32年)に国の重要文化財に指定されました。
「群書類従」が今日までに出版された部数はおよそ70万冊を超えます。
PR17,244枚の版木
塙保己一史料館に保管されているのは、群書類従の17,244枚の版木です。版木というのは木版のもとで、江戸時代当時の印刷技術である木版で群書類従を摺って頒布するためのものです。
普通の木版画の多くの場合は、凹凸の凹を彫りますが、群書類従は紙に黒い文字が印刷されるように凹凸の凸状に文字を残し、周りを彫った版木です。
使われているのは山桜の木で、とても硬いので保存や印刷に対する耐久性は優れていますが、彫るのはとても大変だったのです。
版木の製作には、文字を浄書した書家、版木を彫る版木師など、たくさんの人が携わっています。もうそれは美術品のような美しい姿です。ですから書道としても木版としても貴重な資料であると言えます。
そして、この建物に200年前の版木が一枚も欠ける事なく保管されている奇跡に感動しました。
関東大震災では当時保管していた建物は倒壊したものの、版木は無事でした。その後、関東大震災を教訓に頑丈な現在の史料館が建設され保管されます。
しかし、東京大空襲に襲われ周辺は焼き尽くされましたが、前理事長らの必死の消火活動によりこの建物と版木は守られたのです。
PR現在も摺っている
666冊の群書類従は、現在でも重要文化財に指定されている版木を使って摺り立ての頒布を行っています。摺立は、上質和紙を使用し、初版同様の手刷りで約一か月の納期で入手することができるのです。
塙保己一は、後世に残すために編纂したのですから、ただただ大切に保管するだけではなく、現在でも頒布されています。
冷静に考えると例えば重要文化財の陶器を実際に使うことはないと思うのですが、群書類従の版木は実際に墨をつけて摺られているのです。
また、版木一枚がおおよそ400字になっていて、現在の400字の原稿用紙もここからきていると言われています。
いくつか保管されている版木で端っこがシロアリ被害に遭っているものもあったのですが、それは原稿部分ではなく端の部分で、実際に摺る墨がついているところはシロアリも食べないんだそうです。
PR建築
塙保己一の群書類従を保管するために渋沢栄一らが立ち上がり寄付を募って史料館が建設されました。
1926年(大正15年)8月に着工され、1927(昭和2)年3月に完成しました。もうすぐ築100年となる貴重な鉄筋コンクリート建築です。
この建物は、正面から見ると鳳凰が翼を広げている形をしています。なんとも優雅で雄大なデザインです。
設計・施工は清水組です。清水組と言うのは、現在のスーパーゼネコンの一つ清水建設です。
二階建で中央に階段、その両脇向かって右側の1階2階には、貴重な群書類従の保管庫があり、逆側の1階は事務室、その上の2階には講堂があります。
この講堂がなんと床の間と27畳の和室なのです。外観からは想像もつかない広い和室の存在には驚きました。洋風な外観の建物ではあるものの、畳敷きの部屋の導入を100年前は普通に受け入れられたのでしょうね。
関東大震災の経験を生かし建設されたこの建物は、東京大空襲にも耐え抜き、その堂々たる風格は前を素通りできないオーラがあります。
この建物は2000年(平成12)4月文化庁より「登録有形文化財」の指定を受けました。
入って正面にある建物中央の階段、優美な曲線を描く手すりの美しさったら。▼
木の手すりがたまらなくいいい感じになっています。ここを渋沢栄一も幾度となく訪ねたのですね。▼
PR見学
中に入ると理事長自らが出てきて、1階の保管庫を開けて丁寧に説明してくれます。
ずらりと並んだ版木は震災を逃れ、戦火を逃れ、現在まで一枚も欠けることなく200年間保管されてきたその奇跡を思うと胸が熱くなります。
現在の史料館に保管されて100年ですが、その前の100年の間で忘れられた時期も実は短くはないのです。現在は重要文化財ですから、これから先紛失するようなことはなく守られていくはずですが、これまでの長い時間この貴重な資料がしっかり守られてきて本当によかったです。
しかも、とても近所にこんなすごいものがあったなんて全然知りませんでした。
これまでに何度も何度も前を通り、その建築に魅力を感じて、写真を撮ったりしていましたが、中に何があるのか、どういう施設であるのかは全く知らないどころか、知ろうともしませんでした。
でも、いつも気になっていて、今回初めてその扉を開けてみましたが、中身を知ってすごく感動しました。
悲しいことに、群書類従を読む知力が備わっていないので、読むことはできないのですが、200年守られてきた版木をこれからも大切に守っていきたいと強く思いました。
建築もいいけれど、その中身も本当に感動的で凄かった。
建築好き、文学好き、版画好き、書道好き、印刷好き、いろんなマニアにとってたまらない場所です。
塙保己一が残したこの素晴らしい知の財産を世の中に広く知らしめ、後世に残していかなければなりません。
PR基本情報
平日9:00−17:00 土日祝休(応相談) 入館料大人100円
東京都渋谷区東2-9-1 MAP