箱根のポーラ美術館でクロード・モネの没後100年、美術館の開館25周年記念として《あたらしい目 ― モネと21世紀のアート》展が開催されている。
この開会式で霧の彫刻で知られるアーティストの中谷芙二子が挨拶したのだが、その中で ”霧は凝結と蒸発、すなわち生と死が同時に発生している現象である” という言葉があった。
「霧の彫刻」はそのロケーション、気温や湿度や風などの天候、時間や季節などに影響され刻々と姿を変えるところが好きで日本各地の展示を見てきたが、新しい視点をアーティストご本人の言葉として手渡されるとは思ってもみなかった。
生と死が同時に発生しているということはつまり世界や宇宙のメタファーそのもので、これまで考えていたものより遥かにスケールの大きいインスタレーションだったというのは驚き以外の何物でもない。
これからは「あたらしい目」展にふさわしい新しい視点で霧の彫刻を体験してみようと思う。
今、日本で体験できる霧の彫刻のいくつかを紹介したい。
《ジヴェルニーの庭》霧の彫刻 #47721
ポーラ美術館の《あたらしい目 ― モネと21世紀のアート》展では中谷芙二子の最新作《ジヴェルニーの庭》霧の彫刻 #47721を見ることができる。

▲美術館の周囲をめぐる森の遊歩道の沢筋に沿って姿を表す霧の彫刻#47721。
毎時0分、30分から約18分のインスタレーションだ。
平地で見る霧の彫刻と違い地形を活かして常にダイナミックに動き回るところが特徴である。

▲遊歩道の鞍部の橋の辺りも見どころポイント。この橋の周囲に霧が流れ込んでくるので霧の中に入ることができる。
また耳を澄ますとやはり《あたしい目》展の作品であるスーザン・フィリップスの《ウインド・ウッド》というサウンド・インスタレーションが聴こえてくるし、野鳥のさえずりも聞こえてくる。
これまでにないインスタレーションで、今なお瑞々しい最新作を作り上げる中谷芙二子のエネルギーには感嘆するしかない。
▲霧は純水から生成されているので人体には完全に無害だ。遠慮なく霧の中に入ってみよう。
基本情報
| あたらしい目 ― モネと21世紀のアート
会期:2026年6月17日(水) - 2027年4月7日(水) 入館料:大人 2,200円、大学・高校生 1,700円、中学生以下無料 会場:ポーラ美術館 住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285 MAP |
中谷芙二子とは
主に「霧の彫刻家」として知られ文化功労者にも選出された中谷芙二子は、雪の結晶の研究や人工雪の製作で世界的に有名な物理学者の中谷宇吉郎の娘としても知られている。
父親の仕事もあってアメリカでの暮らしも長く、高等教育もアメリカで受けたコスモポリタンなアーティストだ。
やはりコスモポリタンで世界的なアーティストとして活躍するオノ・ヨーコ(小野洋子)と同い歳だが、フルクサスだったりミセス・レノンだったり何かと話題の多いオノ・ヨーコと違い、ビデオなどテクノロジーを使った表現に関心を持ち、80年代以降は裏方に回ることも多かった。

▲その中谷芙二子が大きく再評価されるようになったきっかけの一つが2018年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された大規模回顧展「霧の抵抗」。
「霧の抵抗」展で、ラウシェンバーグと友人だったり60年代からの様々な活動が回顧され、ビデオアートの先駆者であり、メディアアートの先駆者であったアーティスト中谷芙二子の全貌をやっと多くの人が知ることができた。

▲初期のTwitter(今のX.com)が夢想した世界中の個人がフラットに発信することで「世界の鼓動を伝える」メディアを、ジョンとヨーコを巻き込んで実現しようとして今のインターネットみたいなシステムをテレックスで実装してみたり、ビデオを個人が発信できるメディアだと捉え自身がビデオアーティストになったりと、あまり表には出てこないものの現代の様々な表現手法の先駆者の一人だ。
中谷芙二子の作品のタイトルは 「霧の彫刻 #47662」というように番号が付けられている。この番号は作品としての霧の彫刻が設置された場所に最も近い「国際地点番号」だ。国際地点番号とは各国の気象機関及び関係機関が観測地点に割り振った全世界でユニーク番号。
気象と密接に関連する雪の結晶を研究していた父親の中谷宇吉郎へのレスペクトも感じられる命名法である。
『グリーンランド氷河の原』霧の庭#47704
父、中谷宇吉郎の故郷である石川県加賀市には磯崎新設計による博物館「中谷宇吉郎 雪の科学館」があり、その業績だけでなく雪と氷にまつまわる様々な展示が行われている。
その中庭には《『グリーンランド氷河の原』霧の庭#47704》というインスタレーションがある。

▲いわば中谷芙二子と中谷宇吉郎の親娘共演となる作品だ。
敷き詰められている約60トンの石は、中谷宇吉郎博士が研究のため過ごしたグリーンランド内陸部から運ばれてきたものだ。
経年劣化で霧の発生装置がうまく動作していない時期が長かったが、5年前にリニューアルされ今では1日9回開催されるようになっている。
▲黒い六角形の建物が雪の科学館。建物には⽊や⼟や草や⽯といった⾃然の素材が使われている。
この中庭が9:30 / 10:00 / 11:00 / 12:00 / 12:30 / 13:30 / 14:30 / 15:30 / 16:30 の1日9回、霧に包まれる。
▲雪(中谷宇吉郎)+霧(中谷芙二子)+建築(磯崎新)というコラボレーションでもある。
中庭は柴山潟という湖に面していて湖面を渡ってくる風のおかげで霧の彫刻がダイナミックに姿を変える。
▲霧はこの世界や宇宙のメタファーだが、その中を歩く私たちの姿は霧の中から登場、そして退場していく生命そのもので、世界の命の活動そのままを表現しているかのようだ。
中谷芙二子の一言によってこのインスタレーションがさらに壮大なものとして感じられるようになった。
基本情報
| 中谷宇吉郎雪の科学館
開館時間:9:00 – 17:00 休館日:水曜日 入館料:560円 住所:石川県加賀市潮津町イ106番地 MAP アクセス:小松空港から車で15分、北陸自動車 片山津ICから5分 |
霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series Ⅰ-
《霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series Ⅰ-》は長野県立美術館の常設作品で、。美術館に常設展示される中谷芙二子作品としては初めてのものとなる。
ただし11月下旬から4月上旬は休止していて、霧の彫刻が見られるのはGWから文化の日辺りまでということになる。

▲ここでは「ランドスケープアート」として、小高い丘から善光寺へ続く斜面沿いに建てられた長野県立美術館の立地を最大限に活かした劇的な霧の彫刻を見ることができる。

▲斜面を下った霧の先には「水辺テラス」と呼ばれる水盤があり、この水盤脇からも霧が吹き出してくる。

▲これは斜面の上から見下ろしたところで、水辺テラス全体が霧に覆われている。
水辺テラスが丘の上から善光寺に向かう風の通り道になっているので、出現した霧が善光寺の方へ向かって行く。
長野県立美術館での開催は10:30 / 11:30 / 12:30 / 13:30 / 14:30 / 15:30 の1日6回。ただし前述のように冬季は休止されるので訪問する際は留意したい。

▲これは長野県立美術館の霧の発生装置。
ランドスケープミュージアム長野県立美術館と中谷芙二子についてはこちらの記事を。霧の彫刻の出現時刻なども紹介しています▼
基本情報
| 長野県立美術館
開館時間:9:00 – 17:00 休館日:水曜日 住所:長野県長野市箱清水1-4-4 MAP アクセス:長野電鉄 善光寺下駅から徒歩15分 |
霧の彫刻 #47662 -NAGI 凪-
品川駅が最寄りの品川シーズンテラスにも《霧の彫刻 #47662 -NAGI 凪-》が常設展示されている。
駅からはかなり歩くが無料だし都内だし、東京やその近郊の人にとっては一番行きやすい中谷芙二子作品かもしれない。
ただし霧の彫刻が出現するのは春分の日から10月31日まで。

▲霧の彫刻が出現するのはイベント広場の芝生の先の茂みのところ。

▲その日の気温や風向きなどちょっとした変化で大きく姿を変えるのが霧の彫刻の特徴だが、かつては海も近く、朝凪、夕凪を愛おしんでいた時代を思い起こす装置としての霧の彫刻だそうだ。
▼品川シーズンテラスの霧の彫刻についてはこちらの記事をどうぞ。
基本情報
| 品川シーズンテラス
住所:港区港南 1-2-70 MAP アクセス:品川駅港南口より徒歩6分 |
ここから先は常設展示ではなく、過去に東京・関東で開催された中谷芙二子展の様子を振り返ってみたい。
《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662
東京都現代美術館(MOT)で2024年から2025年にかけて開催された《坂本龍一 | 音を視る、時を聴く》展での《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662。

▲演出はダムタイプの高谷史郎。
メディアアートの偉大な先達に対するレスペクトを持った高谷史郎とのコラボレーションだが音楽は坂本龍一。つまり霧(中谷芙二子)+光(高谷史郎)+建築(柳澤孝彦)+音楽(坂本龍一)という超豪華なコラボだった。

▲大盛況の展覧会であったし、この霧の彫刻自体もかなり話題になったので、この展覧会で中谷芙二子を知ったという人も多いだろう。
▼《坂本龍一 | 音を視る、時を聴く》展についてはこちらの記事をどうぞ。
基本情報
| 坂本龍一 | 音を視る、時を聴く
会期:閉幕 |
霧の抵抗
2018年から2019年にかけて水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された《霧の抵抗(Resistance of Fog)》。
これは中谷芙二子の全貌が明らかになった記念すべき、そして2018年の高松宮殿下記念世界文化賞の彫刻賞受賞と重なったタイムリーな展覧会だった。

▲この時に展示された霧の彫刻は2点。
一つは屋内での霧のインスタレーションで「《フーガ》崩壊シリーズより 2018 霧インスタレーション #47629」。ただし写真撮影不可だったので写真はない。
もう一つは水戸芸術館の広場で展開された霧の彫刻「《シンコペーション》崩壊シリーズより 2018 霧の彫刻 #47629」。
磯崎新設計の建築を背景にした大規模な霧の彫刻だった。

▲日が暮れた17時以降は日本のライトアートの先駆者、逢坂卓郎設計のライトアップが点灯。
霧(中谷芙二子)+光(逢坂卓郎)+建築(磯崎新)というコラボレーションだったが。光や建築とのコラボレーションがMOTでの高谷史郎と坂本龍一とのコラボレーション、そしてポーラ美術館でのスーザン・フィリップスのサウンド・インスタレーションにまで続いていることがわかる。
基本情報
| 霧の抵抗
会期:閉幕 |
氷河の滝-グリーンランド
2017年に銀座メゾンエルメス フォーラムで開催された中谷芙二子とその父・宇吉郎の展覧会「グリーンランド」では 氷河の滝-グリーンランド(Glacial Fogfall – Greenland) 。

▲なんと室内、それも銀座メゾンエルメス フォーラムという場所で霧のインスタレーションを行われた。
しかもエルメスはこのために専用のレインウェアまで用意して希望者に貸し出すという周到さ。
2018年の「霧の抵抗」展の露払い的な展覧会だったのかもしれない。
この「グリーンランド」展を紹介するエルメスのページは今も残っているし、展覧会の様子を記録したブックレットも配布されている(PDF)。
これには展覧会の記録だけでなく、中谷芙二子の2017年時点での全作品リストといった資料性の高いコンテンツを含まれているので中谷芙二子を知るうえで一度目を通しておくと良いかもしれない。
基本情報
| 「グリーンランド」 中谷芙二子+宇吉郎展
会期:閉幕 |














